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竜は蝶と

 二ヶ月後。


 竜軌は樫の木の厚い扉をいつものように乱暴に開け放った。

「佳作だったらしいな」

 孝彰が待ち構えていたように、机に組んだ両手の肘を置いて口火を切る。

 竜軌が春までに孝彰が認める写真コンテストでグランプリを獲れば、新庄家の嫡男が負うべき重責から解放する、というのが竜軌と孝彰のした賭けだった。

「ああ」

「佳作ではお前の負けだ」

「―――――……」

「母さんに感謝すると良い」

「何の話だ?」

「お前が撮った写真を、三谷さんに頼んで他のコンテストにも出していたらしい。私が提示したものとは違うコンテストだが、グランプリを獲ったことには違いない。賞金も少なくない額だ」


 竜軌の目が大きくなる。


「賭けは私の負けということにしておこう。……思うように生きなさい」


「あんたは俺を道具程度にしか見なしていないと思っていた」


 竜軌は難産だった。

 出産前と出産時、孝彰は医者に赤ん坊より母胎を優先するように指示した。

 しかし文子は頑なに産むと言い張った。

 唯一、文子が孝彰に対して通した我かもしれない。


〝子はまた産まれるが、鱗家の妻はもう得られない〟


 孝彰のその台詞を、竜軌は確かに胎内で聴いたのだ。


 しかし孝彰は今、一抹の寂しさを含む表情で息子を見ている。


「道具?莫迦な。―――――――私はお前に大きな世界を与えてやりたかった。今からでも遅くはない。考え直さないか」


 竜軌は黙って孝彰を凝視した。


「美羽といるとどんな世界も広くなる。大きくなる」

 孝彰が溜息を吐く。

「美羽さんも詩人だが、お前も美羽さんが絡むと詩人になるな。―――――いつ、発つんだ?」

「明日、明後日にでも。まずはヨーロッパに行く」

「そうか」




 ずっと蝶を追い求め生きてきた。

 出逢ってからも、まだ遠い蝶に焦がれ続けた。


「美羽」


 胡蝶の間に戻ると、美羽が笑顔で竜軌を迎える。

 その身体を掻き抱く。


「美羽。一緒に世界を巡ろう。いつか言ったように」

「りゅうき」

「嫌か?」

 問うと美羽はかぶりを振った。

 それから、メモ帳を求める素振りをしたので、ペンと一緒に渡してやる。


〝竜軌はそれでいいの?〟


「ああ。蘭には、式の日取りが決まったら知らせるよう言ってある。その時は一時帰国だ」


 美羽の額にかかる髪を掻き遣り、その額に竜軌は口づける。


「俺たちはどこで結婚式を挙げるかな」

 竜軌はそう言って、美羽に小箱を差し出した。

 美羽が、開けて良いのか目で問うのに対して頷く。

 燦然と輝きを放つインペリアルトパーズの指輪だった。

 シェリー酒のような色合いの石に、美羽は見入る。


「俺と結婚してくれ、美羽」

「………」


 美羽は満面の笑顔で頷いた。




 日曜の昼間。

 惣菜屋の長椅子に、力丸は寝転んでいた。

 ごろん、と右に寝返りを打ち、またごろん、と左に寝返りを打つ。

 見かねた佳世が声をかける。

「ねえ。探検団の活動は良いの?」

「うむ。今朝、マダム・バタフライが上様と飛び立たれたゆえ」

「何それ」

「佳世」

「何よ」

「腹が減った」

「お金を出して惣菜を買ってください」

「コロッケぐらい驕れー」

「甘い!」 




 竜はもう蝶を追わない。


 蝶と共に飛び続ける。




<完>

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