これから
「聖良さん。こちらは平穏無事です」
『本当?良かった~。もう、雪人さんが遠くに行っちゃう気がしたわよ』
「大丈夫」
旅館の一室で、力丸不在を見計らい、蘭は聖良に電話をかけた。
久し振りに耳にする声が、やはり小悪魔っぽくて可愛らしい。
「昔話を聞いていただけますか?」
『何々っ?』
「昔々、ある偉いお殿様に仕える少年がおりました」
『ふんふん』
「少年は、恋文などを大層貰いましたが、肝心の、自分が好きな女子を見つける前に、お殿様と一緒に戦って討ち死にしました」
『―――――悲しい話ね』
「そして、生まれ変わった少年はやがて成長し、伴侶にしたい女性を見つけました。きっと末永く幸せに暮らすでしょう。めでたしめでたし」
『…ねえ、雪人さん』
「はい」
『今、何だかすごく雪人さんに逢いたいわ』
「私もです、聖良さん」
『何でか泣けてくるのよ。早く帰って来て?』
「はい、聖良さん」
言うなれば竜軌と一芯は、京都不戦条約を締結した。
互いにこの地で相争わないこと、争う人間は織田と伊達が取り締まること。
この条約を前に戦を続けようとする程の愚者はおらず、東北諸将の転生者たちも京洛より引き揚げた。
そしてクリスマスイブ。
竜軌は美羽とレストランにでも行きたかったのだが、美羽が家にいたいと言った。
赤いエナメルのヒール靴を靴屋で受け取り、家で御馳走とケーキを食べる、と希望したあと、美羽は短い時間だが泣いた。
血の繋がった家族が生きていた昔を思い出したのだ。
顔を両手で覆った美羽を、竜軌は抱き寄せる。
「今と、これからのお前の傷には太刀打ちしようがあるが、昔の傷は厳しいな」
そう言って。
一緒に胡蝶の間で晩餐とケーキ、それから竜軌はシャンパンを飲み、二人でいつものように床に就いた。
腕枕をしてやりながら、竜軌は、美羽が失ったものについて考えていた。
常ならば無駄と切り捨てる思考も、美羽に関しては拾い上げるのが竜軌だ。
「美羽」
呼ぶと薄闇の中、顔を向けるのが判る。
「お前に…」
竜軌は少し言い淀んだ。
「死んだ父と母を返してやることは出来ん。明日の朝、お前が枕元を見てもその願いは叶わん。俺は、神ではないから」
そこまで言って、竜軌はまた間を開けた。
今度はさっきより長い。
「―――――――――すまない」
美羽が瞠目する。
「りゅうき」
「最も望む時に、人は無力だと、昔、ある映画でそんな台詞を見た。今ならその意味がよく解る」
「りゅうき」
義龍が消えても道三が死んでも。
竜軌は滅ぼすのが得意だが、施すのは苦手だ。
美羽にそれ以上してやれることがない。
「りゅうき。い…から、い、の」
それでも美羽は、竜軌がいるから良いと言う。
「お前は欲が少ない」
そうではないと竜軌も知っている。
ただ、真に願うことがもう、叶わないだけだ。
その証に美羽は、また泣いている。
「来春は外国にいるかもしれんな…」
せめてそれだけを言うと、美羽は首を傾げた。




