猛者遭遇
道三は術の失敗に悪びれるどころか、磁場の乱れの招いた事態を面白がるスタンスだった。
「ひょお、ふあっはっはっはっは!!傑作やな!まーた磁場も上手いこと狂いよったもんや」
室内でも着たままの、黒ずんだ紅のコートの膝をばしばしと打つ。
欝金色のマフラーに唾液が散る。
上賀茂の、道三の邸に集う者たちにも多少の記憶の混乱が見られた。
しかしそれでさえ、興がるのが道三という男だった。
居合わせた最上義光、佐竹義重は動じておらず、また、記憶の混乱も生じていない。
「ほんならわしゃあ、ちいと出てくるわ」
道三が腰を上げる。
「いずこへ」
義光が尋ねるのに対して、にい、と悪童のように道三は笑った。
「我が婿殿のもとへ。儂を待ち侘びておいでやろ」
義光と義重、東北の両雄が、この言に顔を見合わせた。
道三の身を案じてのことではない。
事態がより混迷を極めることを危惧したのだ。
「義宣」
義重が息子を呼ぶ。
「は」
「斎藤殿の供をせよ」
「畏まって候!」
体の良い見張りの同行を決められて、道三は唇をへの字に曲げて肩を竦めた。
何の因果か。
伊達陣営の伊達成実と鉢合わせした森長可は思った。
場所は裏寺町。
河原町と新京極の間に挟まれた南北に細長い地域。
繁華な地と間近にありながら静かな空気が流れている。
相対した瞬間、双方に並の遣い手ではないという相手への評価が芽生えた。
先に声を発したのは長可だった。
「俺は織田信長公が臣、森勝蔵長可。あんたは?」
「伊達政宗公が臣。伊達藤五郎成実。いーい感じな敵に出逢えたじゃねえか。屍に、華を咲かせよ、大般若」
成実の手に刀が現れるのと同時に、長可も神器を呼ぶ。
「全てを水と済ませり。人間無骨」
十文字槍が長可の手に収まる、と同時に戦端が開かれた。
簡易結界はもう張り終えている。
戦いの場を整えるのは戦士の基本だ。
長可の槍の繰り方は、いっそ流麗とさえ言えるほどだった。
回し、退き、突き、退き、また旋回させ、間合いを測る。
成実もまた、間合いにおいては不利ながら善戦する。
足元に突きを喰らえば、飛びずさって長可の横に回り込み、刃を一閃する。
僅か二、三分の内に両者、細かい裂傷をいくつも拵えていた。
このまま続けば、畢竟、どちらかが死ぬだろう。
それを悟っても止められないのが武士と言えた。
白い息を吐きながら対峙する二人の上から、雪片が降ってきた。
「雪華」
静かな声が響く。優しく宥めるような。
気づけば長可の無骨も成実の大般若も、たった一振りの懐剣によって分たれていた。
舞い降りたのは、神器・雪華を持った真白だった。
一端、旅館に戻っていたが、神気のぶつかり合いを感じ、結界を渡ってここまで来たのだ。
その面に、剣護や荒太に見せた動揺はもうない。
「双方、それまで。聴かぬ方は、私がお相手致します」
暫時の沈黙。
長可も成実も、神器を闇に帰した。




