織田信長
その数刻前。
美羽は豹変した竜軌と対峙していた。
こんな竜軌は知らない。
鋭い眼光で美羽を射抜く。
答えない美羽に彼は舌打ちし、大声で呼ばわった。
「蘭!蘭はおらぬか!」
美羽もまた、助けを求めて蘭たちの部屋に駆け込もうと思った。
が、立ち上がろうとすると竜軌の手に手首を掴まれる。
「お前も逃がさんぞ。帰蝶に似ている所以を詳らかにする必要がある」
低く恫喝する声。
美羽の目に悔し涙が滲んだ。
愛していたのではなかったのか。目の前にいる男は誰だ。
竜軌に似て、竜軌ではない。
こんな時に滑らかに言葉が紡げたら、罵詈雑言を叫んでやるのに。
手首を掴まれたまま、美羽が先導する形で蘭と力丸の部屋に案内する。
華やかな美貌が驚いた顔で二人を出迎えた。
「上様。いかがされました。このような夜更けに」
「――――――――お前、蘭か?」
「力丸もおりますぞっ」
驚いた蘭と、自己主張する力丸をそれぞれ見遣る。
「顔が些か変わったか?服も珍妙だ」
「それは…今生でございますれば」
「今生?何を言うておる。それより帰蝶はどこだ」
「今、上様が手首を掴まれている女人が、御方様です」
竜軌が美羽を見て、それから蘭を見た。
「ここは来世か?」
「……左様にございます」
「帰蝶と本能寺で死んだ。それは憶えている。だが、来世であればなぜ俺はこうも育っている」
「恐らく、一時的に記憶を失っておいでなのです」
竜軌は考え込むように黙った。
「そうか。お前が帰蝶か。得心した」
先程まであんなに険しかった眼差しが、今は和らいでいる。
どれだけ〝きちょう〟が大事なのだろう、と美羽は昔の自分に妬いた。




