まだでしょうか
黄のグロリオサと淡紫の枸杞の花はまだ命永らえている。
水を換え、茎と枝を切り整えた荒太はそれを確認する。
頭を占めるのは妻である真白のことだ。
荒太君、と呼ぶ柔らかい声。
彼女が京都に行ってからは電話越しにしか聴いていない。
荒太を受け止める柔らかい体。
彼女が京都に行ってからは布地越しにも触れていない。
想うだけで胸が熱くなるのに。
今、真白の傍にいるのは剣護なのだ。
真白を愛する緑の目の。
ずっと彼女を見守ってきた男。
穏やかな心境でいられる筈がない。
そして荒太は、陰陽師として一つの予感を抱いていた。
京洛で、磁場が狂うような何かが起こる。
人為的にか、自然現象かは解らないが―――――――。
それに、嫌な夢を見た。
真白が、自分のことなど知らない顔をする。
そして剣護と一緒に行ってしまうのだ。
暖房を効かせたリビングのソファに座り、荒太は額に右手の指を当てた。
「大丈夫ですか、荒太様」
こいつもいつの間にか居座ってるな、と思いながら山尾を見る。
荒太が何の彼の言いつつ用意する食事が気に入っているのかもしれない。
「あらちをの かるやのさきにたつ鹿も ちがへをすれば ちがふとぞきく」
「夢違誦文歌ですな。悪夢を吉夢に変える…。嫌な夢でもご覧になりましたか」
「ちょっとな」
「それは心配ですな。ところで」
「うん」
「おやつはまだでしょうか。もう三時を回っておりますが」
「………」
山尾のひくひく動く髭を前に、夢を気に掛けていた自分が莫迦らしくなった。




