高温
静謐に茶筅の音だけが響く。
今であれば雪の気配さえ感じられそうだと長可は思う。
兄・伝兵衛は昔から静謐を従えていた。
全てを呑み、佇む様は正反対の気質を持つ長可に尊敬の念を抱かせた。
顔立ちのみを挙げれば似ている二人だが、火と水のような性分の違いがきっぱりと彼らを色分けする。
長可が茶を喫した後、伝兵衛が先に口を開いた。
「御方様には逢ったのだな」
「ああ。義龍の話を聴いて心配してたんだが、お元気そうで良かった。変わらねえな、あの方は」
伝兵衛が微笑する。
同意の笑みだ。
鬼武蔵の異名を持つ長可は前生で、この兄にも、蘭丸、坊丸、力丸ら弟たちにも先立たれた。
彼が最も早く思い出した前生の記憶は、京都・本能寺の変で弟三人が一気に死んだと知らされた時の喪失感だった。
森兄弟にとって、京都は特別な土地だ。
「兄者。蝮が京にいると聴いたが」
伝兵衛が頷く。
「上様が激昂されたようだ」
「それはそうだ」
「どうしたものか」
「何がだ。殺させて差し上げれば良いではないか」
「……御方様がどう思われるか」
「知られぬようにすれば良い。元より上様もその御所存であろう」
伝兵衛が双眼を細めて弟を見る。
柔和な面差しが錐のようになる。前髪が僅かに隠す帳の向こう、一対の光がある。
長兄の視線に長可は知らず背筋を伸ばした。
「人を殺めれば己が命に翳りが刻まれる」
「今更ではないか。我々は翳りだらけであろうな」
「長可。今生と前生を同一視してはならぬ。今生は今生。前生は前生」
「ではなぜ我らは神器を呼ぶ?」
「断たれぬ絆ゆえにだ」
「いいや。戦うゆえにだ」
しばらく、茶室は無音だった。
ふ、と伝兵衛が呼気を洩らす。
「本音を言えば、道三を上様がどうなされようと、私は一向に構わぬのだ」
「さもあろう」
「であればこそ、だ。万一の時にも上様と御方様の幸福が損なわれぬよう、動く心算だ。この手が、いかほどに汚れても」
伝兵衛は右手に視線を落とす。開いて、握る。
決意がその手にあるように。
「それが前生にてお役に立てなかった私の務めと考えている」
この兄もまた、炎であると長可は知っている。
自分よりも静かに高温で燃える炎であると。




