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対岸
対岸
信長は火縄銃を操るのが巧みだった。
銃を扱い慣れてから、的を撃ち損じた信長の姿は荒太の記憶に無い。
茶色くて細長く、しなやかに美しいが重い火器が音高く鳴ると、的は木端微塵になった。
彼の本性には狩人に近しいものがある。
狙いを定められたら逃れるのは極めて困難。
荒太はそう考えていた。
「やばいかもなあ」
戦国の世ならいざ知らず、現代では殺人は立派な罪だ。
「何が?荒太君」
「うん。何でもないよ、真白さん」
美羽は久しぶりに靴屋に向かっていた。
何だか最近、竜軌や真白たちの間に流れる空気が硬い気がする。
蘭に同意を求めるが、さあそうでしょうかと返された。
(私一人、仲間外れにされてるみたい)
気分転換をしたくなったのだ。
いつも渡る踏切の向こうには男が一人立っている。
四十代くらいだろうか、にこやかに美羽を見ている。
半袖シャツにグレーのスラックス、手には革の鞄。
鞄を持つ手は大きく、すらりと白い。




