蝮の欠伸
睨む緑の双眼から、青鬼灯はふいと顔を逸らした。
「あー。興が覚めるしー。マジうざ」
これに反応したのは剣護ではなかった。
「そういう言い方、やめてください」
真白が気色ばんだので、青鬼灯も神妙にならざるを得ない。
「…スミマセン」
一応、剣護に謝罪する。
「いーよいーよ。ここの支払い任せるから。んで、お前さんはバイバーイ」
剣護がさらっと青鬼灯に言う。
青鬼灯は憮然と口を尖らせたが、それ以上の反論はせず、コーヒーを飲み終えると伝票を持って立ち上がった。
「伊達も織田もさして目立った動向なし」
「さて。水面下ではいかほどのものか」
「煮ても焼いても喰えぬ竜どもが」
二十畳ばかりの座敷に集う面々に流れる空気は、現代人離れしている。
まるで幕末の志士たちのように。
しかし彼らの前生は幕末ではない。
金色の屏風には井原西鶴著・菱川師宣画の『好色一代男』の際どい挿絵を赤い絵の具でモダンにアレンジした絵が描いてある。
家の主人である道三の趣味だ。
「流石に伊達は腐っても竜よ」
一芯と立ち会った佐竹義宣が制服の立ち襟を緩めながら言う。
眼光の鋭さを金髪が助長している。
それを聴いて表情を厳しくしたのは、中学生くらいの少年。
父の遺骸を伊達政宗に貶められた、畠山国王丸の転生者だ。
彼を支える佐竹・蘆名、同族の面々なども居並んでいる。
「臆されたか、義宣どの」
国王丸が言葉を飾らず若さゆえの直截さをぶつける。
「国王丸どの。敵の戦力を正確に見切ってこその戦だ」
いきり立つことなく、義宣がふと笑う。
「お前は測れたと言いおるか」
義宣の父・義重の声は重厚に響いた。
特に力んだ声でもないのに、歴戦の猛者である鬼佐竹の声は、空間に通る迫力が違う。
「父上。国宗は決して竜めに引けを取らなんだ」
脇差の名を、誇らしく義宣は告げた。
「織田と伊達、双方を衝突させ、戦力を削ぎ、先に弱ったほうを殺る。一同、それでよろしかろう」
続けた義宣の言葉に座敷の人間たちが頷き合う。
その様子を、一人上座で道三は欠伸しながら見ていた。




