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放たれた竜たち

 ()(こん)色のごわついたマフラーは、黒ずんだ紅のコートとは異なる派手派手しさだった。


 どうあってもこの男は奇矯に目立ちたいのか、と義光は呆れ半分に道三を見る。

 下剋上の代名詞でもある美濃の斎藤道三という人物を、義光はよく知らない。

 僧侶だか神人(じにん)だかから商いを経て、かなりの荒事の場数を踏んで、最終的には美濃(岐阜県南部)の国主にまで至った経緯をざっと鑑みるに、修羅道を歩んだ点においては自分と等しい。


 骨肉の争いと戦塵に塗れた点でも通じるものはあるが、義光は「成り上がり」の労苦を知らない。


 それゆえにか、会話も噛み合わない時がある。


「己が蒔いた種は、己で刈り取れ」


 おうおう、と、大型の鳥が喚くような声を道三が発する。

 笑っているのだ。さも楽しげに。声は夜の寺町通に低くよく響いた。


「おんしゃあ、そないに律儀な性分で、よう乱世を泳いだわなあ」


「ああ、泳ぎ疲れたわ。したが儂にもまだ、譲れぬものがあるでな」


「なんぞ?」


「子らよ」


 義光の答えに、道三は、自らが幼児のような顔をした。

 派手派手しい出で立ちの上に、いっそ無垢とさえ呼べそうな表情がある。

 五十がらみの、道化師のような印象を見る者に与える男は、義光が何を言っているのか、本当に理解しないようであった。


 彼は事実として、親子の情を介さぬのだ。

 それが息子である義龍に父殺しの罪を犯させ、帰蝶を生き地獄に落とし、竜軌を激怒させた元凶の一つであるにも関わらず、と、義光は苛立った。


「お主は、我が子らを慈しめなんだか。なぜだ」


 道化師が目を瞬かせる。


「なぜと言うて」


「国主としてもあるまじき振る舞いぞ?」


 しかし道三は、義光の糾弾を一笑した。


「はは。おんしゃ、それは己が、弟より愛されなんだ八つ当たりや」


 最上義光の父・最上(もがみ)(よし)(もり)が、嫡男である義光より次男・(よし)(とき)を溺愛したという話は、斎藤道三が嫡男・義龍よりその弟を贔屓にしたという話と似ている。

 道三はその相似を揶揄したのだ。


 寒い風が、義光の胸に吹きつけた。

 暗がりの中、銀灰色のコートが微かに強張る。

 街灯に照らされ、独り芝居の主役かのように大きな顔をしている道三を、義光は睨めつけた。


「否。息子が、実の妹を蹂躙せねば済まぬほどに追い詰めし責は、父であるお主が負うべきものぞ。それが人の理、常道であろうがっ」


「常道!人の理!こりゃけったいや!!いやしくもあの獣の世を駆けた男の申し状とも思えんわっ。謀略も!蹂躙も!それこそが我らが常道やった筈やぞ。―――――――ちゃうか、義光。一人、お綺麗に澄まし顔は、ちいと虫のええ話やないんか?」


「……………帰蝶を哀れとは思わなんだか」


 そう尋ねた義光の脳裏には、僅か十五で処刑させられた娘・(こま)姫の面影があった。

 豊臣(とよとみ)(ひで)(つぐ)の側室に出したばかりに、秀吉が秀次に抱いた疑惑――――或いは実子可愛さゆえに湧いた、確固とした殺意の巻き添えになった。

 そこまで先を見通せなかった己を、義光は何度も悔やんだ。


 道三が、街灯をふい、と見上げた。



「さあなあ。義龍が欲しいおもたんなら、ええんとちゃうか?儂にはどうでもええ話やし、ぬしがさも一大事やっちゅう顔しとるほうが、不思議やわ」





 ―――――――一見は隠密裏なこの遣り取りを、視る者と、聴く者がいた。



 右目で〝視て〟いたのが佐原一芯。


 〝聴いて〟いたのが新庄竜軌。


 伊達政宗と織田信長の転生者たちだ。


 そして二頭の竜はそれぞれ、愛する少女を胸に抱き寄せた。

 無言で。

 図らずも共通した衝動に腕が動いたのだった。





挿絵(By みてみん)





「神人」とは、寺社で事務・雑務に従事した人たち、と九藤は考えております。

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