アシンメトリー百鬼夜行
その昔。
身分ある女は声さえ男に聴かせるを憚り。
男は足繁く女の元に通い。
歌を詠み交わして愛を育んだ平安時代。
夜の京都は魑魅魍魎の跋扈する魔都と化した。
都の大路小路を百鬼夜行が練り歩く。
遭えば命は無いと思え、とまことしやかに囁かれた。
蠢く妖気、神気を、しかし最上義光は一顧だにしない。
竜軌と下賀茂神社糺の森で別れたあと、京都御所の東、梨木神社近くの鬱蒼とした闇の中を平然と歩いていた。銀灰色のコートがしずやかに進む様は、威容と称せる。配下の者らは距離を置き、主を見守っている。
真実独りであったとしても、義光の在り様は同じだったであろう。
(世には、生きる人の身以上の魔物などおらぬわ)
東北の戦乱を、血道を上げて家と血脈の為に生き抜いた男には、角の生えた妖物の相手のほうが余程に座興である。
(ただの鬼ならば小手先でいなそうものを)
一芯や竜軌のほうが、喰えなさでははるかに上回る。
(若造めらが)
しかし愛娘、愛息の行方を知るに、その若造らにも妥協してやらねばならぬのだ。
業腹だ。
業腹なことは、前生にも山とあったが。例えば足軽上がりの秀吉に、こうべを垂れねばならない時など。高い矜持を粉砕せねば、家を保てなかった。
粉砕しても、最上は江戸の長きまで残らなかった。
業腹だ。
だが。
(今は、駒姫と、義康だ)
至らぬ父の為に若くして死なせてしまった子供らが、今生では息災であるのかが知りたい。
織田と伊達の戦が肥大しないよう目配りする必要がある。
一芯と竜軌は少し似ている。
情のかけ方の極端さ。旺盛な好奇心。
酷薄で冷徹で苛烈な面も。
寺町通りを南下しながら、義光は口を開く。
「…お主がここに在るを聴いた信長は、笑っておったぞ」
返る声。平淡な。
「告げ口を、したかよ。義光」
「遅かれ早かれ知れたことよ」
義光は街灯に照らされた、黒にほぼ近い紅のコートの男に続けて声をかける。
「お主も承知であろう、道三」
男の口元が緩む。
コートは襟がアシンメトリーで独創的だった。




