こんにちはさようなら
こんにちはさようなら
大学構内、文学部棟三階の薄暗い廊下を歩いていた怜は、正面に立った人物を見ても驚かなかった。僅かに目を細める。
「やあ、江藤君。先日はどうも」
蝶を見つけたと言った大学教授・朝林秀比呂は、やはり爽やかに笑った。
古い上に採光に劣る建物の中、場違いな爽やかさだった。この男性の発する奇妙な違和感を、怜は自分の中で形容しあぐねていた。
何かが常人とはずれている。鋭敏な彼の感覚はそう告げていた。
そうした自分の内実を、綺麗に覆い隠した笑顔で応じる。そこに驚きの表情を加味するのを忘れない。
「朝林教授。こんにちは。どうしてうちの大学に?」
「ここの知り合いに用事があってね。丁度良かった、君とはまた話したいと思っていたんだ。時間があればお茶でもと言いたいところだが…」
そう言って秀比呂は、怜の隣に立つ赤い髪の青年を見た。
「じゃあ、僕はここで」
青年は秀比呂の視線の意味を察し、朗らかに言うと怜に手を振った。
「すまないね」
「いえ」
怜は形の良い唇に、薄い笑みを刻んだ。
燃えるような赤い髪の青年・渡辺定行は、廊下の突き当たりまで歩くと笑みを消した。
四階に続く階段の壁に、腕組みしてもたれる竜軌を見上げる。
「――――――信長。君の予想通り、接触して来たみたいだね」
「それで?どうだ、あの男は。お前なら前生が明確に判るだろう」
降って来る黒い眼光に、神の眷属、花守と称される青年は薄青い目を瞬かせる。
「こういうサービスはあんまり気が進まないんだけど」
「神族がせこいことを言うな。結論を言え」
「やれやれ、困った時の神頼みか。間違いないよ、信長。彼の前生は斎藤義龍だ。でもそれを知って、君はどうするの?」
冷えた笑みが竜軌の口元に浮かぶのを見て、訊かなかったほうが良かったかな、と定行は呟いた。




