見て想うこと
妖怪じみた祖父の相手を切り上げて、元いた部屋に竜軌が戻ると、従姉弟の和泉と笹恒が美羽にじゃれついていた。
千丸がにこやかにその様子を見守り、竜軌に会釈する。
彼も嘗ては美羽によく懐いていた。
本能寺の変の後、彼が味わった艱難辛苦に思いを馳せながら、竜軌は美羽を呼んだ。
「美羽。戻るぞ」
笹恒と和泉が仰天した顔をしている。
一匹狼のように荒っぽく、鱗家では絶対君主である祖父の春彦でさえ小手先であしらうような竜軌が、これほど優しい声を出したのを聴いたことが無い。
表情さえ春の陽のようで、別人かと思う。
美羽は折り紙をしていた手を止め、立ち上がると覚束ない足取りで竜軌に歩み寄った。
当然の顔で、竜軌は彼女の身を抱く。
段ぼかし、紅花染めの紬が、モダンな暗色系のブランド服にしっかり包まれる。
服装は釣り合ってないのに、これ以上ない似合いの一対に見えるから不思議だ。
美羽のまとめていない黒髪が、竜軌の服に絡まる様が、彼女の思慕を艶やかに伝えるようで。
目前で繰り広げられる大人たちのラブシーンに、子供らは顔を赤らめたり、両手で口を覆ったりしている。
「千丸。別の宿を手配しろ」
「既に予約してございます。チェックインは午後二時より」
「上々。美羽。初雪だ。京の雪景色を見ておけ。――――――――どこの土地でも癖はあるが、美しいものは美しい。見損なうのは勿体無い」
美羽の頷く頭が、竜軌の胸を掠めた。
唇はこっそり笑んでいる。
(あなたと一緒なら、何を見たって綺麗よ。竜軌)
竜軌たちの泊まる旅館と一芯の泊まる旅館がバッティングしていたことは、真白たちにも知らされていた。
彼らと近い場所に宿泊していた真白は、動かないことを選んだ。
(先輩はきっと宿を変える。美羽さんがいるもの。おいそれと危険は冒せない筈。先輩が先んじて場所を移るなら、伊達政宗はそのままに構える。であれば、私はこのまま、政宗に近い位置で彼の動向を見張るほうが良い。私がいることが知れているなら、それはそれで抑止力にもなる……)
午後の光が、儚い雪を溶かし水に帰そうとしている。
真白の焦げ茶色の瞳が、内庭の風情を、少し寂しげな美を眺めながら思考を総括する。
過去、信長に求められた洞察力と先見の明は、今も健在である。
その後ろで、畳に胡坐を掻いた剣護が携帯で話している。
「え、お前、来んの?」
『…来ちゃまずいの?』
「まずいよ。俺が真白を独占出来ないだろ。てか、卒論は?」
『太郎兄。あの子は、俺の妹でもあるからね。卒論は目途がついてるし。奈良まで来たから、もうついでにそっちに行くよ』
「へ?奈良に行ったの?何で?」
『学究の虫が疼いて吉野まで行ったら舞姫に出会えた』
「さっぱり解らん。勉強し過ぎてぷっつん来たか?」
『まあ、とにかく。行くから』
「へいへーい、お邪魔虫ー」
通話を終えた剣護の口元には温かな笑みがある。
冷静沈着で繊細な弟が、珍しく幸いに酔っているようだ。
吉野で何があったか知らないが、良い兆しだ。
(――――――それに、あいつが来るならストッパーになってくれる)
言葉ではああ言ったが、怜がいてくれたほうが、真白への想いが暴走せずに済む。
屹立して内庭を向き、長い焦げ茶色の髪を背に流し。
思考の淵に沈む真白の横顔は美しい。
いつまでも、ただ見ているだけ、という自信が剣護には無かった。
怜の台詞は、彼が主役の別作品・『美吉野歌合』とリンクしています。




