竜の見る夢
「京都は醜聞を嫌う土地柄でしてなあ」
真綿の中から光る、針の先端が見えるようだ。
春彦の娘である母の文子が、針とも棘とも無縁な気立てなのは奇跡だった。
竜軌は煙草を吹かしながら祖父の、表面上は温和な顔を見る。
これが京洛だ。
驚くべきことに、竜軌の前生であった頃から、土地も人も性質を変えない。
風土という母胎に育まれるとは、そういうことなのかもしれない。
豪奢な更紗のタペストリーが下がる部屋は先程、美羽と共にいた部屋よりもモダンな空気がある。例えるなら新進気鋭の建築家によるデザインのような。
天井には手漉き和紙であろう大きな多角形のランプ。
そしてこの部屋で春彦は最初から当然のように上座に着く。
紫煙を若干、嫌そうに眺める春彦に、竜軌は内心で舌を出していた。
ざまあみろ、だ。
美羽を見下し疎んじる祖父へのささやかな意趣返し。これが文子の父でなく、血縁でもなかったらこの程度では済まさない。
「うちに来るお客さんも、祇園祭より、竜軌さんの事件のことを取沙汰す勢いで」
「さぞやご心配してくれたのだろうな」
「ほんまに」
竜軌の皮肉は通じているだろうに、春彦は額面通りに受け取る顔で尤もらしく頷く。
それから、溜息。
これが反吐が出るようで、竜軌はにこやかな顔を保ちつつ煙草をこの老獪な男に投げつけてやろうか、などと物騒なことを考える。
溜息は春彦が自分の話したい本音に話題を転換させる合図だ。
「うちや孝彰さんの薦めるお嬢さんではあきませんか?」
直裁に斬り込んできた。
「あんたが薦めるのはどうせ、堂上(殿上人)の娘だろうが。母さんみたいな」
煙草をくわえていた口から、ふ、と丸く白い輪っかを空気に生み出す。
心底解らない、という顔を春彦がする。
「何かあきませんやろか」
「今時、血統に拘るなぞナンセンスだぜ、じいさん」
ほほ、と聴こえる笑い声を春彦が放った。
「青いことを。習わしにはそれなりの重みと理由がおます」
「くだらん。うざい」
また溜息。
竜軌の物騒な妄想を実現させようと挑発するかのようだ。
「…醜聞塗れのお譲さんでは、うちかて困りますのや」
「好きなだけ困れば良い」
竜軌は煙草を爽やかな白木の卓を汚すように押しつけた。煙がくすぶる。
これでも彼は忍耐していた。
嘗て朝廷に侍る能無し公卿たちに、笑顔を見せてやった時と同様に。
「鱗家の娘ではあきませんか」
「なあ、もう帰って良いか?」
きりが無いと思った竜軌が、半ば宣言のような問いを発する。
「親父とは、俺が賭けに勝てば自由にさせてもらう約束をしている」
「―――――――賭け事は感心しませんえ。勝てる見込みも、解らしませんやろに」
春彦の渋面の理由は、自分の与り知らないところで孝彰が勝手に話を決めたからだろう。
「勝つさ。それからあいつと。美羽と世界を見て回る。美羽に、広い空と大地を見せてやる」
蝶が羽ばたけるように万難を排して。
彼女がずっと傍らで笑うのだ。
その夢の輝きを、竜軌はずっと見据えていた。




