せつな雪ふたひら
京洛に初雪が舞う。
今降るか今降るかと人々に構えられていた白のひとひらは、触れれば瞬く間に融ける、たおやかで儚い結晶だった。
白拍子にも似た天の舞踊。
会談と取り引きを終えて義光が部屋を去り、一芯は一人でガラスを隔てた向こうの景色を眺めていた。
京の雪は深くない。緑に施される雪化粧も束の間だ。
そして前生の記憶から来る感傷は京の雪化粧にも似て、いつも一芯の中で長続きしない。
切り替える癖もついていた。
負の感情を抱え引き摺っても、現状の見通しを明るくすることはない。逆に暗雲を招くだけだと、経験から嫌でも知っていた。
切り替えることの出来る者だけが、乱世、統率者として生き抜けたのだ。
身の内で炎を燃やして燃やし尽くして、湿る間も無い程に、乾いた思考を保持しなければ足を掬われ泥中に転び、起き上がれずに沈む。
泥中に沈むことを危惧し、回避して、走り続けて。
(顧みれば屍の山の頂に立っていたが、血生臭さなど気にならなかった)
和歌や漢詩を詠み教養に通じても、真正、獣だったのだ。
血を気に掛ける獣などいない。
だがひとひらの雪を寒いとは思う。
空調で保護された室内なのに、雪景色に立つ錯覚に陥る。
南国の温かさを思わせる薫子はまだ帰らない。
常に無く感傷を引き摺るのは初雪と、そのせいだ。
〝弟殺し〟
義宣に言われたのと同様の蔑みを過去何十回、耳にしたことか。
伊達政宗は実弟である小次郎、幼名・竺丸を手に掛けた、と世に喧伝されている。
(辛辣な世評だが、真実とたがわない)
有象無象の敵に狙われる伊達家家中を分裂させる危険性を持つ小次郎の存在を、政宗は懸念し、そして抹消した。その判断を後悔してもいない。
ただ、雪は寒いとそう思うだけ。
小次郎は雪に劣らず儚く優しかった。母・義姫が彼を盲目的に愛したとして、どうして非難出来るだろう。同じ父と母を持ちながら政宗とは真逆の気性だった弟を。
彼は今生に存在する。恐らくはこの京都に。
右目に映ろう影がある。
許せよと言えば、お気になさりますな、と微笑んだ魂の持ち主が生きている。
今も変わらずに清流のままだろうか。
緑の眼球に雪を捉えた剣護は、その瞬間、旅館の部屋を飛び出していた。
雪は彼にとって、触れられる真白だった。
反り返った焦げ茶色の睫にも雪が触れて、融ける。
子供のように舌をべえ、と出せば舌の上で融ける。
「剣護」
呼ぶのは融けない雪の声。
「初雪だぞ、しろ!」
笑顔で叫ぶ。犬であれば尻尾を振るように。
控えめに返る笑顔。
「うん」
「積もるかな?」
「積もらないよ」
「積もらないかな」
「積もらないよ」
「どうしてそこで悲しそーな顔してんだ」
「剣護が莫迦だからだよ」
「雪が好きなだけだぞ」
「知ってるよ…」
真白の心に積もらないよう、剣護は言葉を選んで降らせる。
それでも歪む、柳眉を見ながら。




