使い分け
女湯から戻って来た薫子は、全身から温かい芳香を漂わせていた。
甘い香り。少女の肌の匂い。
これで夜は手出しするなかあ、と一芯は思う。
一室に布団を並べながらにして。
健全な高校生男子には拷問に等しい。
「薫子、シャンプー変えた?」
「いつの話よ」
「何か匂いが違う。旅館の使ったの?」
薫子が乾いたばかりの頭を横に振ると、また甘さが香った。
「持って来たの使ったわよ。夏のとは違うけど」
「夏と冬で分けるの?」
「うん。美容師さんに薦められて」
「……ちょっと理解が追いつかない」
家で使う物にこだわるまでは良いとして、季節によってシャンプーを使い分ける感覚は、男子にしては身綺麗にと気をつけている一芯の常識にも無い。
「殿は相変わらずねんねちゃんだなあ!」
ばちん、とウィンクするのは今後の戦略方針話し合いの為に来室し、そのままずるずると居座っている成実だ。隆々とした筋肉を薄手のシャツと皮ジャンで覆っている。
「論。薫る……あ、しまった」
「だよね!?神器出すの早いよねっ!?勘弁してくれよ殿!」
薫子に関して神経過敏になっている一芯は、成実のからかいをいつものように受け流せなかった。
「ごめん、論。帰って帰って。これから薫子と楽しい夕食だし」
慌てて神器を闇に帰す。
湯上りほかほかの薫子の前で、無粋なことはしたくない。
「では俺が代わりに浅葉を」
「呼ぶなっつーの」
神器を呼ぼうとした小十郎を成実が止める。お騒がせ男を主君らの前に置いて去る小十郎ではない。
「…赤花火もこっちに来てるな?呼べ」
収拾のつかない騒ぎになる前に、一芯が命じる。
二人の側近がなぜだと言う目で主君を見た。
日頃はいがみ合っている彼らだが、こんな時には息が揃う。
「薫子と、この部屋に泊まってもらう。護衛も兼ねて。僕はお前たちの部屋で寝る」
こうする理由は薫子にも、小十郎と成実にも解る。
「一芯…」
「悪いな、って思ってくれるんだったらさ、帰ってからそのぶん、罪滅ぼしをして?薫子」
一芯がへら、と笑いながら、真剣な声で言う。
「つ、罪滅ぼしって、どんな?さっき、たくさん…………キ。キ、キスしたわよね?」
「あはは、やだな、薫子。『キキキス』だけじゃ足りないって。前生の記憶もちゃんとある癖に子供の振りして」
「あるけど解んないわよ!情報網が今と昔じゃ違うし、……何考えてんの?」
「――――――あげても良いって言ったし?」
左目を上目使いに、薫子を捉える。
「言ったけど、何でもかんでもして良いって訳じゃないから!何するつもりよスケベ!!」
一芯は小十郎と成実の存在を無視しており、薫子は忘れている。
大の男二人がぽんぽんと投げ合いされる台詞を目で追うように、少年少女を交互に見ている。小十郎は痒くなってきた背中に手を伸ばし、成実は会話に割り込む隙を窺っている。
「酷い言われ様。ここでは言えないしー。二人きりの時に教えるよ、色々ね」
「いい、色々?」
薫子は、さながら隻眼の竜に射すくめられた小動物だった。この竜から逃れる術も知らない。そして選んだのは薫子自身だ。
「エロエロってことさ、姫っ」
割り込む言葉のチョイスが雑過ぎる。
身も蓋も無いことを言って、ばちーん、とウィンクした成実の頭を、すぱーんと小十郎が平手で殴る。小十郎にしては穏便なほうだ。
一芯としてはここで薫子に、やっぱり一緒に寝ると言い出して欲しかった。
だが薫子は赤くなって視線を逸らしただけで、何も言わない。旅館の浴衣の襟の重なった真上の肌は熟れた桃色で、その下まで見たいと思ってしまう。
(ちぇー)
紳士振るのではなかった、と少し後悔した。




