冬の宴
「――――伊達だけでなく?」
「集っています、東国武将の面々が」
兵庫の報告に、真白は柳眉をひそめた。
凛は旅館の床の間に飾られた紅葉の枝振りを突いている。相変わらず落ち着きが無い。
あどけない少年のような風貌と、染まり切った葉。
飴色の柱を背にして絵にはなるが。
「凛、散らさないで…」
徒に落葉させるは哀れと、柔らかに頼んだ真白の声に、凛はすぐさま手を引っ込めた。
「ごめんなさい、真白様」
「ううん。……このタイミングで偶然は有り得ない。新庄先輩が情報を流した…?」
真白は凛から兵庫に目線を戻した。
問いかけの形を取りつつ、彼女は既に確信している。
たおやかなこの主君が、明敏であることにかけて竜軌にも兄たちにも引けを取らないことを兵庫は熟知している。それどころか、男たちを上回る叡智。
「そうでしょうね」
兵庫は言葉少なに首肯するだけだ。
「政宗公は一戦、やり終えたあとのようです。双方、小手調べ程度だったようですが」
「相手は」
「佐竹次郎義宣」
それを聴いた焦げ茶の瞳が、記憶の海を手繰るように色合いを深める。
「と言うことは、神器は三郎国宗?」
「恐らく」
瞳と同色の髪を揺らして、真白が物憂い表情になる。
「先輩の思惑は解るけれど、これでは京都で混戦になるわ…」
「伊達政宗は極上の餌ですからねえ」
兵庫も否定しない。
「お前はなるべく黙って見てろよ、しろ」
それまで下座の座椅子に黙って腰掛けていた剣護が釘を刺した。
効き目が薄いであろうと知りつつ、刺さずにいられないのだ。
彼を見た真白の顔は、むずがる子供のようだった。
兄であり従兄弟でもある剣護に対しては、そのようになる。
そしてそういう表情に弱いのが剣護だ。優しい声音を心掛けて宥める。
「いざとなりゃ、森家の誰それや俺が出張る。荒太の気持ちを汲んでやれよ」
夫の名が出た途端、真白はまた表情を変えた。
〝大事だから。すごく〟
だから京都に行っておいで、と送り出してくれた荒太の存在を指摘されると、真白も自重せざるを得ない。
兵庫は複雑な心境で剣護と真白を眺めていた。
男として、剣護が自分で自分の傷に塩を塗るような台詞を吐くのが傷ましいとも思えた。
献身的。
言い換えればマゾヒストだ。
剣護と真白の関係は錯綜し過ぎていて、一言では形容し難い。絡み合った繋がりを、兵庫はずっと俯瞰し続けている。荒太の心情も推し量りながら。
自分にとって真白が主君であり聖域でもあるのは幸いだったかもしれない。
最初から手を伸ばさない理由づけが出来る。
けれど。
無性に煙草が吸いたくなる。
「兵庫?」
「ちょっと喫煙所、行って来ます」
真白に笑って煙草の箱を振って見せてから部屋を出る。
離れ形式の個室が点在する造りの旅館は、一歩部屋を出ると寒風に晒される。
早々に煙草を咥え、足早に兵庫は歩いた。
喫煙所には長居せず、その足で花街に出向くつもりだった。
伝兵衛は密やかに含み笑いを洩らした。
「上様には、お変わりないな」
茶室の中、彼の他にいるのは末弟の千丸一人。ちょこんと愛らしく正座している。
「色んな人たちが来てますね、兄上。僕には馴染みの無い人が多いです」
「東国でひしめいていた猛者で、お前同様に順当な家督相続が出来た者は数少ない。森家は本能寺の変で痛手を蒙りはしたが、その点では恵まれていたほうゆえな」
「はい!義宣も良いけど、僕は鬼佐竹のほうに逢いたいなあ。向こうから来てくれる機会なんてあんまり無いし」
千丸はにこにこと無邪気に言う。ご当地キャラクターに逢ってみたいとでも言うような気楽さだ。
森家末弟ではあるが、家督を継ぎ大阪の陣を経て、領国統治にも腐心した男の魂が彼には宿っている。家と血脈を死守したあたり、千丸も猛者と言って過言ではない。政略家でもあった老獪な顔は、天真爛漫な少年を一瞥するだけでは見て取れない。
「やめておけ。あれの相手は長可あたりが良かろうよ」
伝兵衛が次兄の名を挙げる。
鬼佐竹と呼ばれた男と鬼武蔵と呼ばれた長可であれば、呼称を聴くだけでも釣り合いは取れる。千丸と兄たちとでは揉まれた波の種類がやや異なるのだ。
「じゃあ、僕は義宣で我慢します。結城不説斎でも良いなあ!」
「ああ、蘆名が絡めばそちらも来るか…」
とかく、在所が近隣の武将たちはそのほとんどが縁戚関係にあり、一方が顔を出せばもう一方も出す、という芋蔓式になる。
ごちゃごちゃと、敵味方が入り乱れる構図が簡単に出来てしまう。
長兄の思案顔を他所に、千丸が呑気な発言をする。
「神器は牛切丸でしょうかっ?」
これには沈着な伝兵衛も可笑しさを堪え切れなかった。
静寂を旨とする茶室に笑い声が上がる。
「あれは文化財となっておるゆえ、難しいであろう」
「そっかあ。…此度の戦、伊達はどう出るでありましょう?最上の趨勢も知れませぬ」
無邪気に物を言うと思えば、鋭く事態の要点を突く末弟に伝兵衛は慣れている。
記憶を持つ転生者とは実にアンバランスな、怪物のような存在に成り得るのだ。
神器や結界を抜きにして人外と部類出来る、と伝兵衛は考えている。
「最上義光。手強い男だ。お前ならばどう扱う?千丸」
「えっとー、僕なら白鳥長久で義光を牽制するかな?」
千丸が挙げたのは最上義光に謀殺された武将の名前だ。
義光の嫡男・義康の舅だった男は、病を装った義光の見舞いに訪れた場で殺害されたのだ。
血に塗れた因縁を利用する、とけろりとして言ってのける弟に、伝兵衛は微笑む。
柔和と刃を織り交ぜた武士の笑み。
「お前のような弟を持つと、末頼もしい限りであるな」
東京に住まう森家の兄弟が素直で律儀な気性を育んだとすれば、京都に住まう兄弟は権謀術数に長けた鋭利な気性を育んでいた。
底冷えの京に策謀が舞う。
画像は剣護と真白をイメージした作品です。次話、「震える羽」はムーンライトノベルズに掲載しています。




