る
唇から覆い被さろうとすると、明らかに美羽が怯む顔になった。
柄の長い六王を軽々と振るう竜軌がさほど力を籠めなくても、美羽の両手首を掴めば簡単に動きを封じられる。
相手の感情さえ重んじなければ幾らでも好きに奪えるのだ。
こじ開けて。
今までなら許してくれたのに。
美羽に限っては無理強いはしたくない。
美羽に限っては抑制が難しい。
竜軌は腹立ち紛れに美羽の顔中を舐め回した。犬のような無邪気さは無く、わざと美羽の混乱する様子を眺められるように、頬の曲線をつつ、となぞったりした。
哀れな蝶はされるがまま。細い手首の抗力は如何にも弱く、竜軌は歯牙にもかけない。
「……お前が普通にさせるんなら、こんなことはしないんだぞ、美羽」
苛立ちながらもなぶるようにそう言うと、美羽は気が咎めた表情になり、唇を噛んだ。
竜軌は噛まれた小さな膨らみを見る。
一度は全てくれたのに。
一晩中、竜軌が猛るまま恵んでくれた。蝶の愛情の甘露に震えた。
また彼女の気持ちが整うまで、少しくらい待ってやれば良いものを、と竜軌は己に呆れ美羽を憐れんだ。
前生の記憶すら持たない、どこまでも無力なこの少女だけが、魔王の理性のたがを外すのだ。
竜軌の中で魔性が蠢く。
「…今から祇園に行って馴染みの芸妓に逢うかな」
耳横で言って聴かせると美羽の身体が揺れる。
「りゅうき、」
「当然、朝帰りになるだろうが?」
「…りゅうきっ」
「ああ、舞妓の水揚げをしてやっても良い。初々しいほうがお前と仮想しやすいかもしれん。なあ、美羽?」
顔を離し、にっこりと笑い掛ける。
美羽はもう聴きたくないと言うようにかぶりを激しく振る。
黒髪が右に左に流れて。
「お前が悪い。以前に言った。お前がいなければ他で代用する、と」
ばし、と竜軌の頬が鳴った。
いつの間にか解放されていた美羽の右手が打ったのだ。
「…気が済んだか?俺は行くぞ」
立ち上がり、背をむけようとした竜軌に美羽が齧りつく。
竜軌が他の女性となど、考えられない。
とにかく夢中で竜軌の首の後ろに手を回し、背伸びして待ち構えられたように開かれていた竜軌の唇に吸いついた。
頭も身体も発熱しているようで、竜軌の手がしっかり背中と腰に回されたことにも気付かない。
急襲したのは自分なのに、逆に竜軌に存分に迎え撃たれている。
美羽に竜軌の策略を推し量る余裕は無い。
わななかせながら吐息と声を洩らす。
「りゅうき、りゅうき、りゅうき」
(行かないで)
がっちり抱き留められた状態では筆談も叶わない。
「…美羽。もう一つの単語」
「だいすき、」
「うん」
竜軌の声と目が和んで優しくなる。
「愛している、はまだか?」
「あ、あい、あ…」
「…ごめん。もう良い。全部、嘘だ」
「りゅうき、あ、い」
尚も挑もうとする美羽を見て、竜軌は激しい罪悪感と後悔に苛まれた。
「祇園には行かない。芸妓も舞妓も要らん―――――――悪かった」
つい先程まで冷酷な魔王のようだった男が、今は犬のように項垂れている。
竜軌は美羽を抱えたまま畳の上に腰を下ろした。
「………どうしてお前が相手だとこうなるんだ…」
少女の胸に額をつけて呻く。
「一番大事な女なのに、傷だらけにしてしまいたくなる時がある」
美羽も当惑していた。
酷いことを言われ酷い仕打ちを受けたのは自分のほうである筈なのに。
それをした張本人である竜軌のほうが、なぜかダメージを受けている。
痛かった、怖かった、と言って泣きつく子供のように。
何か言って慰めたいけれど、美羽は喋れない。
緩んだ縛めから逃れて竜軌の顔を挟んで、黒曜石に自分が映ることに酔う。
(私の為に狂ってくれるあなただから)
ちょん、とついばんで頬擦りすると、少しざらりとして。
ああ、男の人だな、と思う。
「りゅうき。あ、あ、い、して…、て、」
る、の音がつかえて出なかった。
竜軌の黒曜石が大きくなる。
伝えようとしたのと違う意味になってしまうが、それでも良いと美羽は思った。




