時代の申し子
時代の申し子
「こーじゅ!」
それほど大きくないのに一芯の呼び声は花見小路によく響いた。道を行く数人が彼を振り返る。
その中、する、と抜け出して来る黒いコートに黒いブーツの男。面立ちはいつもと変わらず淡い柳葉がそよぐよう。
「お呼びか」
「うん。ストーカーでありがとう。薫子を四条通の『都路里』に連れて行って」
「――――御意」
「待ってよ。一芯は?」
一芯がへらりと笑う。
「ごめん、野暮用思い出した~。先に『都路里』でパフェでも食べてて。崑ちゃんもいる筈だからさ」
薫子が探るような眼差しで一芯を睨みつけた。
自分から繋いで来たのに、勝手に解こうとする手を精一杯の握力で捕らえる。
「…誰と戦うの」
「相手が対抗勢力であれ、戦いは必ずしも前提じゃないよ。薫子」
「あんたがそれを言うの?」
「小十郎。薫子を無事に送り届けろよ」
噛みつく薫子を流して一芯は小十郎に真面目な声音で命じた。
「誓う」
女性的な唇が誓約に動く。
「一芯…っ、また、あたしに見送らせるの…!」
過去、何度戦場に夫を送り出したことか。
止めることは許されなかった。戦勝を祈り言祝ぐことしか。
そういう時代だった。
一芯がノンフレームの奥の左目を僅かに辛そうに歪めた。
両手で、渾身の力で取り縋る薫子の耳横に口を寄せて囁くと、薫子の腕から力が抜けた。
険しさが取れた名状し難い顔で一芯を見つめる。
小十郎が彼女の肩に手をかけ、いざなう。
薫子が遠くなるのを見届けて、一芯が低い呟きを石畳に落とした。跳ね返りそうに硬質な声で。
「…僕の恋路を邪魔する奴は僕に斬られて死んじまえ、てね」
薫子を宥めた声とは真逆だ。
眼鏡のモダン部分と同じように、鮮烈に明るい青が空間を染め上げる。
花見小路の情緒ある景観が綺麗に隠される。
一芯の張った結界による作用だ。
「物騒だな、伊達藤十郎政宗」
「わあ、久し振りに懐かしいフルネーム。でもごめんねー。僕、君のフルネーム憶えてないや」
「その若さにして健忘症とは哀れなり」
グレーの詰襟の学生服の少年が謡うように揶揄を返す。
「いやいや、そっちこそ痛々しい厨二口調だよ、御愁傷様」
へらへらと笑っていた一芯の隻眼が冬の寒風よりも低温になる。
「ね、佐竹善宜くん?」




