表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
608/663

時代の申し子

時代の申し子


「こーじゅ!」

 それほど大きくないのに一芯の呼び声は花見小路によく響いた。道を行く数人が彼を振り返る。

 その中、する、と抜け出して来る黒いコートに黒いブーツの男。面立ちはいつもと変わらず淡い柳葉がそよぐよう。

「お呼びか」

「うん。ストーカーでありがとう。薫子を四条通の『都路里(つじり)』に連れて行って」

「――――御意」

「待ってよ。一芯は?」

 一芯がへらりと笑う。

「ごめん、野暮用思い出した~。先に『都路里』でパフェでも食べてて。(こん)ちゃんもいる筈だからさ」

 薫子が探るような眼差しで一芯を睨みつけた。

 自分から繋いで来たのに、勝手に解こうとする手を精一杯の握力で捕らえる。

「…誰と戦うの」

「相手が対抗勢力であれ、戦いは必ずしも前提じゃないよ。薫子」

「あんたがそれを言うの?」

「小十郎。薫子を無事に送り届けろよ」

 噛みつく薫子を流して一芯は小十郎に真面目な声音で命じた。

「誓う」

 女性的な唇が誓約に動く。

「一芯…っ、また、あたしに見送らせるの…!」

 過去、何度戦場に夫を送り出したことか。

 止めることは許されなかった。戦勝を祈り言祝ぐことしか。

 そういう時代だった。

 一芯がノンフレームの奥の左目を僅かに辛そうに歪めた。

 両手で、渾身の力で取り縋る薫子の耳横に口を寄せて囁くと、薫子の腕から力が抜けた。

 険しさが取れた名状し難い顔で一芯を見つめる。

 小十郎が彼女の肩に手をかけ、いざなう。


 薫子が遠くなるのを見届けて、一芯が低い呟きを石畳に落とした。跳ね返りそうに硬質な声で。

「…僕の恋路を邪魔する奴は僕に斬られて死んじまえ、てね」

 薫子を宥めた声とは真逆だ。

 眼鏡のモダン部分と同じように、鮮烈に明るい青が空間を染め上げる。

 花見小路の情緒ある景観が綺麗に隠される。

 一芯の張った結界による作用だ。

「物騒だな、伊達藤十郎政宗」

「わあ、久し振りに懐かしいフルネーム。でもごめんねー。僕、君のフルネーム憶えてないや」

「その若さにして健忘症とは哀れなり」

 グレーの詰襟の学生服の少年が謡うように揶揄を返す。

「いやいや、そっちこそ痛々しい厨二口調だよ、御愁傷様」

 へらへらと笑っていた一芯の隻眼が冬の寒風よりも低温になる。

「ね、佐竹善宜(さたけよしのぶ)くん?」


挿絵(By みてみん)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ