灯るよすが
今回は、京都に着いた佐原一芯と光瀬薫子の話です。
灯るよすが
京都市東山区祇園。
花見小路にある、舞踊の師匠の、そのまた師匠の稽古場を兼ねた自宅に、預かった届け物を持って挨拶を済ませた一芯は、薫子の手を取り鼻歌を歌っていた。都の名に恥じぬ花見小路の風情が、彼のお気に召してもいるのだろう。
「てとしゃん、てとしゃん、」
「京都ならこんこんちきちん、こんちきちん、じゃないの?」
胡乱な目で薫子が突っ込む。
「良いんだよ。こういうのは気分だから」
しらっと一芯が答える。
「芸者遊びみたいでいかがわしいわよ」
「そんな豪気な遊びしたことないしー」
「時代が違ったからでしょ」
「時代が該当しててもしないしぃー」
「語尾伸ばすな、いらっと来る」
「はいはい」
大体、どうして呑気に手を繋いでいるのだろう。
薫子が引っ張っても一芯は頑として離そうとしない。力で勝てる筈もなく。
だが丸襟でAラインのコートを着ても京都の冬はまだ寒くて、手一つでも体熱を感じるのは有り難い。相手が一芯であれば尚のこと。
コートの首元には、襟を立てる為の台襟がついているので、首を防寒しようとするならそれを立てれば良いのだが、薫子はそうしない。
見た目の女の子らしさが減ってしまうからだ。
好きな男子には1パーセントでも多く、可愛く綺麗に見てもらいたい。
〝君も僕に武士たれと望んでいる。戦士であれ、戦えと〟
そんな男だから自分を好きなのだと一芯に指摘された時は、ショックだった。
凛々しい一芯は好きだ。
一芯が、彼の舞いが美しいのは、その胸に戦意を秘めるから。
それに惹かれる。―――――認める。
けれど死なれたくはない。傷ついて欲しくない。
右目を奪った自分がそう願うことは滑稽だと人に軽蔑されても。
「…そんな目で見ないでよ、薫子」
一芯に困ったように微苦笑され、自分が必死の表情で彼を見ていたと気付く。
安心させるように一芯が、繋いだ手に籠める力を強めた。
「この地で何が起こっても、僕は君と共に帰る」
「………お願い、怪我しないで。…お願い」
「うん、頑張る。薫子に泣かれたくないからね」
灰色の石畳の上を少年少女は歩く。
声が途絶えても繋ぐ手と手に灯った熱が、よすがとなる。
幾多の修羅場を知っていようと、時代が変遷しようと、人が願うことはそう変わらない。




