森家長男
森家長男
寺から出て、美羽の足を気遣った竜軌は人力車を拾った。
美羽は生まれて初めて乗る人力車に気分が高揚し、消沈した思いがかなり晴れた。それも考えに入れての、竜軌の配慮だ。
東山区の高級住宅街の中の一角で人力車が止まる。
広大な木造の門に表札は無い。
(ここが鱗家?)
竜軌が監視カメラを一瞥すると、唸り声を上げながら門が開く。
このあたりは新庄家より大仰で、美羽は面食らった。
「京都は門に金をかけるんだ。家の顔だからな。取って喰われはしないから安心しろ」
竜軌がそんな美羽を横目に笑う。
再び手を引かれて幾つあるか解らない飛び石を踏み歩くと、やっと玄関に着いた。
古色の趣ある燈籠が吊り下がっている。
引戸を開けて中に歩み入る竜軌に、美羽も続く。
「お帰りなさりませ、上様」
飴色に光る板の間に、今の竜軌同様、和服姿の男性が平伏していた。
「伝兵衛。出迎え大義」
「は、」
顔を上げた男性の顔の華やかな造作に、美羽は蘭を思い出した。
だが風貌は蘭よりもっと物静かで、睫の長い目は糸目のように細め、伏せられている。
その派手な美貌にも関わらず、静穏な印象を受ける。
「美羽。これが蘭たちの長兄・伝兵衛だ。伝兵衛、これが美羽だ」
竜軌がそれぞれに紹介する。
伝兵衛が美羽に深く頭を下げた。
「御方様におかれましては、日頃より弟たちが世話になっておりまする。兄として御礼申し上げます」
丁寧な口上に美羽は驚く。それにお世話になっているのは自分のほうだ。
(この人が、蘭や坊丸や力丸の、一番上のお兄さん)
随分と物静かな男性だ。蘭も温厚ではあるが、それ以上に。
蘭や坊丸はともかく、元気が有り余った腕白少年・力丸とは正反対の印象だ。
「茶の用意が出来ておりまする」
「ああ、もらおう。美羽は作法を知らんが、構わんな?」
「もちろんでございます」
竜軌と一緒に使う部屋に案内され、大島紬の道行を脱いだ美羽は、そのまま竜軌と茶室に向かった。
伝兵衛が茶入れの中の抹茶を茶杓で掬い、茶碗に入れる。
茶碗の中の茶をよくかきならし、茶入れを元の位置に戻す。茶杓を茶入れの上に置き、沸いた湯を柄杓に取り茶碗に入れた。
茶筅を緩やかに動かし、茶を点てる。
彼の動作は全て、ゆったりと流れる森林の中のせせらぎのようだった。
出された抹茶を、美羽は竜軌の見様見真似で口に含んだ。
(美味しい…)
松を象った和三盆も一緒に口に含むと、深く苦く甘く、何とも快い味わいが舌先から広がる。
「伝兵衛は前生では左腕が不自由でな。父の三左が茶を習わせたら、これが中々の腕前になった。戦で早死にしたが、今では鱗家の茶の師匠として雇われている」
竜軌が美羽に説明する。
「鱗家に変わりは?」
「ございません。皆様、ご息災でおられます」
「ふん、そうか」
「伊達が不穏ですな。触発された東北の武将の誰やら彼やらが京に引き寄せられております」
竜軌が薄く笑む。
「それは、困ったことだな」
「今生であれば、私も上様の御役に立てまする。お二方の行く手を阻む客人は、私がお相手致しましょう程に」
はははは、と竜軌が愉快そうに声を上げて笑う。
「客人とやらが気の毒だな」
「かかる火の粉を払うが私の信条でございますれば」
伝兵衛の穏やかな声音に潜む戦意を聴き取った美羽は、確かに彼は蘭や坊丸たちの兄だと思った。




