一つ目竜と女の子 XXVI
一つ目竜と女の子 XXVI
頭が熱い。
風邪薬を飲んでからましになったものの、身体に澱が堆積しているようだ。
それでも一芯のベッドに寝ていると思うと薫子はドキドキした。
潔癖症の彼がそんなことを許すのは自分相手だからだと知っている。
(潔癖―――――)
戦国時代、出陣するより前、三日間は女性と床を共にしないという風習があった。
これは女性を血の穢れと同一視するところから来ている。
合戦での出血は御法度。
ゆえに女性を遠ざけるしきたりを政宗も遵守していた。政宗が自分の元に足を運ばなくなる時は戦が近いと愛姫も悟るようになった。
彼が側室を置くようになってからは自分への愛情が薄れたからではないかと勘繰りもしたが―――――――。
(あ、思考がマイナスに向かってる)
病は気から、気は病から。
マイナス思考は病気の副産物だ。正室であることを差し引いても、政宗に大切にされていたことは身に沁みて知っている。
(でも他の女に子供産ませたし。いやいや、家を存続させる為には仕方なかったじゃない。て言うか太閤が淀君を合戦中に呼び寄せたくらいだから、あたしをつれて行ってくれたって良かったのよ、その頃以降の戦には!待って待って、諸将とか家臣の目があるから無理よ、解ってる。猿はあれでも天下人だったから許されたのよ)
思考回路がぐるぐると渦巻いて生産性などこれっぽっちもない。
ドアがノックされる。
「薫子。夕飯の下拵えは出来たよ―――――えええ、どうして涙ぐんでるの?」
薫子が慌てて目を擦る。
「現代で重婚は罪なんだからね」
「そうだね?意味は解るけどその言葉が出た経緯が解らないや」
一芯がベッドの傍に座り薫子の額に手を置く。
下がってない、と眉をひそめる。このままではまた小十郎が小松菜を乗せろと煩く言い出しそうだ。
「佐原家が大事?一芯」
突拍子のない薫子の問いだが一芯は答える。
「別に普通」
「…現代の若者め」
唸る薫子に苦笑をこぼす。
「それはそうだよ。血脈を保つことに重きが置かれたのは昔の話。一部を除いてね」
「伊達家が大事?」
「…嘗ての伊達の魂を持つ者たちを庇護する義務はあると考えてる」
「戦国武将め」
「だねぇ」
「もう戦はしないでしょう?」
「目下のところ。相手がいない」
「相手がいたらまたあたしを置いてくの」
「秤にかけられる物事じゃないよ、薫子」
逃げないでよ、と言おうとした口は一芯の手で穏やかに塞がれた。湿り気のある手からは生物や青菜の匂いがする。
一芯の困った笑顔に薫子はそれ以上の追及を諦めた。熱のある頭で絡むものではない。
悔しくて目を閉じると、まなじりに滲んだ涙を指で拭われた。




