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一つ目竜と女の子 XXV

一つ目竜と女の子 XXV


 冷やし茶碗蒸しが薫子のリクエストだった。

 それだけでは胃の熱を過剰に奪うかもしれないから、と一芯は鶏肉と小松菜の雑炊も作ることにした。

 昔とった杵柄だ。

 レシピを見ればちゃっちゃと手際よく作れる。

 ダイニング・キッチンの隅に腕組みして佇む小十郎の目は小松菜に向いていた。

「殿……」

「小松菜は茹でてからさっと冷水に入れる」

「姫様のおでこに」

「野菜は食べるものです。あのさあ、こーじゅ。今は一休さんの時代でもなければ、ここはろくに医療物資のない紛争地域でもないの。風邪薬を飲ませれば十分」

「………」

「お前、実は味を占めてまたやってみたいだけだろ」

「…心外」

「辛亥革命かあ。近代の歴史も嫌いじゃないけど僕は共和制を疑念視してるからなあ。溶き卵、出汁、塩、みりん…」

 口と手を同時に動かしながら出来た液をざるで濾す。

「梅干しも加えるのか?」

「うん。風邪に良いだろうし、食べやすいだろ?」

 千切った梅干しを液体に加えオーブンに入れる。

 蒸し上がったこれを冷やせば茶碗蒸しの基本形が完成だ。

 更に薄口醤油などを足した出汁を沸騰させ、片栗粉でとろみをつけてから冷蔵庫に冷やす。

 塩もみ、下茹でしたオクラを輪切りにし、茹でて料理酒で風味づけした小海老を冷蔵庫で冷やしておいたとろみのある出汁と混ぜ、茶碗蒸しにかければ出来上がり。

「楽しそうだな、殿」

「そりゃ昔は趣味にしてたしさ。薫子が食べると思うとね」

 下味をつけた鶏肉を手で細かく裂きながら一芯が答える。

「エプロン姿が似合う」

「…それはびみょー」

「俺もびみょー」


 そこで玄関のチャイムが鳴り、小十郎がキッチンから出て行った。

 玄関から喧噪が聴こえて来る。

「おわ、ちょ、顔を見るなり拳を出すなよてめえ!」

 成実の声。予想通りだ。

「安心しろ、殺る気だ」

「できっか、この男女、待て待て待て、俺が悪かったんぎゃああああ」


 小十郎は中性的な顔立ちがコンプレックスだ。

 ぶっしーの莫迦、と呟き、一芯は小松菜を茹でる為のお湯を沸かすべくコンロに水の入った鍋を置いた。



「姫が風邪だって聴いてな!ひょっとしてあの一夜で俺の風邪をうつしちまったんじゃねえかと心配になって参上したぜっ」

 左目に派手な青あざを作った成実が栄養ドリンクや鰻弁当、納豆などをダイニング・キッチンのテーブルに並べて行く。

「僕に向かって命懸けのジョークか、ぶっしー」

 〝あの一夜〟などあろう筈がない。

 また成実が風邪をひくとも思えない。莫迦だから。

 そしてテーブルに並べられた物のラインナップ。

「…お前って風邪イコール強壮剤なの?」

「そりゃそうだろ。殿はねんねちゃんだな」

 ばちん、とウィンク。

「弱った女に精のつくものを喰わせてから女を喰う!古今東西の鉄則ってな」

「………」

「殿。今からでも追い出すなり亡き者にするなり亡き者にするなり命令を請け負う」

 小十郎がすかさず真顔で一芯に言う。

「おい、亡き者が重複したぞてめえ」

「うーん。今、考え中だから。こーじゅ」

「御意」

「おかしくね!?俺は姫の見舞いに来ただけだぜっ?」

「おかしいよ。お前が」


 騒ぐ男性陣を横にオーブンは静かに稼働して、病床にある少女の為の食事を作り上げようとしていた。




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