月影清かに XXII
月影清かに XXII
怜の意識は濁流の渦の中にあった。
江藤怜のものではない記憶が雪崩れ込み、それに食い破られる寸前。
食い破られたら、あとは狂うのみ。
あらゆる光景が浮かび、それは消えぬままに増殖する一方だった。
凄まじい情報量の圧。
気が触れそうな怜の救いとなったのは、過去、近しく在った兄弟、妹の顔と声だった。
そう、兄弟、妹だ、と今では認識していた。
彼らの映像が意識に浮かぶ度、心に灯る光がある。
光は怜の惑乱を鎮め、慰撫した。
誰より大事な存在だった。兄と弟と妹を守る為なら何でも出来ると思っていたし、事実として大抵のことはやってのけた。
太郎清隆。三郎。―――――若雪。
(太郎兄と若雪は好き合っていた…。俺は二人を小野家から、父上から解き放ってやりたくて……けれど父上に阻まれて…)
二人は小野家に戻り、惨劇はその春に起きた。
理由も解らないまま、殺された。
「ああ――――っ」
「怜!?」
美園が叫び声を上げた怜の肩に触れる。
なぜ、誰が、自分たちを殺した。
あの時、ただ一人家にいなかった若雪は無事だったのか。
こめかみを押さえながら怜は必死になった。
(思い出せ、思い出せ、思い出せ)
頭は割れんばかりに痛み、怜にそれ以上の負荷をかけるなと警告を発していたが、彼はそれを無視した。
濁流の中から探り出さねばならない。危険を冒してでも。
記憶の再生に怜は死にもの狂いで固執した。
若雪は生き延びることが出来たのか。
太郎清隆を喪い、心を壊さずに済んだか。
幸せになれたのか。
次郎清晴は恋を知らずに死んだ。
それゆえに、彼にとって最も大切な異性は妹の若雪だった。
恋とは違うが真白い雪を思慕していた。




