一つ目竜と女の子 XXII
一つ目竜と女の子 XXII
翌日の午前中、薫子は一芯の部屋で、彼と背中合わせになって床に座り、本を読んでいた。
夏休みの宿題は自由研究などを除いて終らせた。
読書感想文も書き上げてあるので、二人の読書は必要に迫られたものではなく、趣味だった。
冷房の効いた部屋で、一芯の体温を背中に感じながら、好きな本を読む。
至福の時間だ。
後ろからはページをめくる音が規則的に聴こえ、一芯も読書の世界に心を遊ばせていることが判る。
その実。
(…ブラジャーの紐が当たってる)
そんなことを彼が考えているなど知る由もない。
薫子は清廉と信じる一芯の背中にドキドキしていた。
一芯の両親不在の間、朝から晩まで二人きりになれるという事実も、胸の鼓動を高鳴らせた。
何かを期待するのではなく、ただその事実だけに薫子は酔っていた。
何かを期待したい一芯との明白な違いがそこにある。
薫子の望みは実にピュアだった。
(頭、くっつけたいな。嫌がられるかな。一芯は、まとわりつくようなの嫌いだし)
ドキドキしながら考える。
そこに一芯が助け舟のように声をかける。
「薫子。疲れたら寄り掛かっても良いよ」
「え!そ、そう?」
「うん」
「でも別に、疲れてないわ」
言ってしまってから薫子はすぐにどっぷりと後悔した。
(何でこうなのよ、あたし。ここで強がってもいっこも良いこと無いじゃない!)
一方、一芯は。
(素直じゃないよね)
笑いを噛み殺している。
「じゃあ僕が疲れたから薫子に寄り掛かって良い?」
「――――別に良いわよ」
努めて素っ気無い声を出すように心がけて、薫子が答える。
内心では、ぱあ、と笑顔を咲かせていた。
薔薇色に染まりそうな頬を、顔を無理に歪ませて誤魔化そうとする。
一芯には見えていないのだが。
「潰さないでよ!?」
「潰さない、潰さないー」
潰す時は上から堂々と押し倒したいというのが一芯の信条である。
小柄な少女の背、頭にそっと重心を預ける。
後ろ上半身を添わせる、と言ったほうが正しいかもしれない。
薫子の髪から南国の果実がふわりと香る。
薫子はずっとドキドキしていたし、一芯は理性を保つ為に両手で拳を作る必要があった。
お蔭で二人共、その先の読書は少しも進まなかった。




