月影清かに XX
月影清かに XX
学校は短い冬休みに入った。休みの短さに応じて、出される課題も多くはない。
手早くそれらを片付けてから部屋で本を読んでいた真白は、胸に鈍痛を感じて息を止めた。
「――――…っ、」
文庫本を取り落して胸を押さえる。
痛い。鈍痛はすぐ、きりきりと刺し込むような痛みに変わった。
目頭が熱くなり、涙が溢れ出る。眉はよじれるように歪んだ。
悲しい。悲しい。悲しい。カナシイ。
自分を襲う異常に真白は怯えた。
「いや、剣護、剣護…!」
携帯に指を滑らせると、隣家に住む剣護は飛んで来た。
「どうした、しろ!!」
グレーのクッションを抱え込んで泣いている真白を見て、部屋に駆け込んだ剣護は腕を伸ばした。
クッションを抱える華奢な身体を、更に抱え込む。真白は嗚咽を洩らしていた。
「剣護が、泣いてるかと、思った。けど、違った」
「莫迦。泣いてんのはお前だ、泣き虫」
「でも、誰かが、絶対、泣いてるの。…苦しいよ、剣護―――――」
剣護は守るように真白を抱き締めながら思いを巡らせた。
嘗ての妹・若雪――――今の真白に前生の記憶はない。
末弟・三郎の生まれ変わりである幼い坂江崎碧にもまだ覚醒の兆しはない。
そして残る一人の兄弟の行方は、未だに掴めていない。
自分が記憶を取り戻して以来、ずっと気には掛けていたものの、探しようがなかった。
小野次郎清晴。月光を思わせる風貌と、聡明で繊細な心を持った弟。
血が繋がりながら惹かれ合う長兄と妹の幸せを願い、二人の駆け落ちを目論で手助けさえした。
太郎清隆が消えれば跡目としての重責を自らが負うことになると覚悟の上で。
〝構わぬ。家を継ぐは誉れだ〟
微笑んでそう言った。結局その目論見は途中で潰えたが―――――。
(お前か?次郎)
真白のサラサラした髪を撫でつけて双眸を細める。
ただでさえ前生を思い出すことは精神に過負荷を掛ける。
その上、自分たちの最期は凄惨なものだった。剣護は真白がいたので何とか乗り越えることが出来たのだ。
しかし、次郎清晴の転生者が現在、独りで戦っているのだとしたら。
腕の中の真白は泣きやまない。
室内は暖房が効いているが、外は吹雪いている。
吹雪く中に彷徨う男の影を、剣護は見た気がした。
荒天に凍る月影を。




