夏の日
夏の日
「お疲れですか、上様」
「見ての通りだ」
蘭は竜軌の部屋で、子供のように彼に拘束されている美羽を見た。
彼女の顔には逃亡を幾度も試みた末、それを諦めた人間の表情がある。
紫檀の台の横に脚を広げて座る竜軌の腕が、後ろから美羽の腰にしっかりと回っている。
「御方様を放されてはいかがですか」
蘭の美徳の一つには、竜軌と同じく率直という点がある。
美羽が何度も強く頷き、蘭の言葉を支持する。
(上様とか御方様ってのがすごく意味不明だけどっ。蘭は時代劇マニアかしら)
とにかく自分を助けて欲しいと美羽は切実に願った。
顔の前で波打つ黒髪をうるさそうに避け、竜軌は飄々と言った。
「これが昨晩、俺を放さなかった。だから俺もこれを放せなくなったのだ。仕方あるまい」
「そうでありましたか」
蘭が首肯する。
蘭の美徳には、生真面目、素直、も数えられる。
美羽の顔に、そうでありましたかじゃないわよ、このボケっ!と言う叫びが浮かぶ。
自分の現状は昨晩の仕返し、所謂、竜軌の意地悪に違いないと美羽は確信していた。
それは半分事実で、半分は誤解だった。
美羽の温もりが放せなくなった、と言うのも実情そのままではあった。
但し竜軌が大変あっけらかんとそれを言うので、美羽の信用を得られていない。
美羽が竜軌の身体をどんなに押し遣ろうとしても、まるで岸壁のように竜軌は揺らがない。歴然とした腕力の差に美羽は地団太踏む思いをさせられた。この莫迦力、と本気で何度も思った。他にも声が出せたら言いたい悪口がたくさん美羽の頭に浮かんだ。
そして心身ともに疲れて根負けし、竜軌に身を預ける現在に至る。
(熱いし、暑いし、熱いわ)
意趣返しを果たした竜軌は満足した。
疲れ切った美羽が腕の中ですやすや寝入る顔には、尚、満足した。




