一つ目竜と女の子 XX
一つ目竜と女の子 XX
頭上から容赦なくシャワーが降って来る。
冷たいのは結構だが、皮膚を傷めんばかりのその勢いには閉口してしまう。
事実、口を開けば水が飛び込むので唇は引き結んでいる。
そして次に降り立つプールサイドは熱されて、足裏を火傷しないかと本気で脅えるくらいで、ぴょこぴょこ飛び跳ねてしまう。
「こらそこ、真面目に準備運動しなさい」
自分はサンダル履きの教師に注意された薫子は、内心で「いーっっだ!」と舌を出す。
(鉄板焼きにでもなれっての?)
薫子たちの通う中学校では、夏休みの間、一定回数、プールに泳ぎに来ることが義務付けられている。
専用に作られたカードに、通う度に監視役の教師から印鑑を押してもらう。その数が決められたものに達しなければ罰則があるのだ。
中には印ゼロ、罰則もすっぽかす剛の者もいる。
準備運動をそそくさと済ませて薫子はプールの中に逃げ込んだ。ドボン、という音と飛沫に再び「こら!」と声が降る。
知ーらない、と薫子はすいすい、平泳ぎして逃げた。
水着から水の透明度から、一芯と行った川遊びとは全然、違う。
可愛くないスクール水着に黄色の水泳帽、水は冷たいが切れるような清流とはかけ離れている。
ゴーグルを嵌めて水中にブクブクブク、と潜ると、底に沈む白くて丸い消毒剤が如何にも無粋だった。塩素の臭いがつんと鼻を突く。
ブラシで落とし損ねたらしい緑の苔の汚れも、一芯が見ればへらりと笑いながら不機嫌になるだろう。
と、向かいにも潜る女子がいて、薫子に向かい手を振った。
薫子も振り返すが、向こうも水泳帽にゴーグルを嵌めているので誰なのかすぐには判らない。お互い、相手に合わせて浮上する。
「――――マナ、来てたんだ!」
「薫子も」
ゴーグルを上げ、雫を垂らしながらクールビューティーの芦原マナが白い歯を見せた。
スクール水着なのに大人っぽく見える。
薫子は嬉しくなって、彼女にしては珍しく、はしゃいでマナに飛びついた。プールの中にいることも、薫子の童心を助長させていた。
「きゃあ、薫子、危ない、」
言いながらマナも笑っている。
しばらく教師に見咎められない程度に水の掛け合いをして、笑い合った。
親友と楽しい時間を過ごすと、夏の抜けるような青空がひどく好ましいものに思えるから不思議だ。
一芯と過ごした黄昏の愛おしさとはまた別種なのだ。
「ね、マナ。帰りにソフトクリーム食べない?」
「良いけど。佐原君が待ってるんじゃないの」
「平気!」
「あら。じゃあ、今日は私と過ごしてくれるのかしら?薫子」
「うん!遊ぼ?」
マナが日頃は細い銀フレームの向こうにある目を丸くして、くすくす笑い出した。
「え、何?」
「ううん。佐原君と今日、会った?」
「昼に寄ったわ」
「御機嫌斜めだったでしょ」
「うん。プール行くって言ったら、ちょっと不機嫌になるのよ、いつも」
男子がプールに入れる日は女子とは別に定められている。
「でしょうね」
まだ笑い続けるマナにむう、と唇を尖らせて首を傾げた薫子は、意趣返し、とばかりに彼女に盛大に水をかけてやった。
蝉も大笑いしているように聴こえる。




