月影清かに XVII
月影清かに XVII
白い雪が天から舞い降り、怜の記憶の掛金を今にも外そうとしている。
前生の記憶を思い出すとは、人生を一人分、余計に背負うということだ。精神にかかる負荷は尋常ではなく、記憶の内容如何では発狂も有り得る。
彼は独りで、危うい岐路に立たされようとしていた。
部屋の窓を開けるとたちまち冬の朝の寒気になぶられる。だが怜は宙に手を伸べて降る雪片を受けた。冷たさは怜の体温ですぐに温く溶け、あとには水滴が残る。左手で作った拳を口元にあてがえば吐息が指の外側をも湿らせた。
(雪…。雪)
ここのところ自分の身に起きている異変のキーワード。
怜はそうと確信するがそれ以上のことは依然として解らず、もどかしさが募る。
明日の日曜、クリスマスイブは駅前のカフェで、ライトアップされた駅前広場の樹々を見ながら過ごそうと美園と約束している。
最近は不安な顔をさせることの多い彼女を安心させてやらなければならない。
けれどプレゼントはまだ準備出来ていない。
美園は一度も怜に物をねだらないが、イブくらいは喜ばせる何かをあげたいと思い、デパートなどを回ってみたのだが、ぴんと来なかったり値段と折り合いがつかなかったりで今日に至るまで収穫はゼロだ。
「………」
怜はコートを羽織ってマフラーを巻き、財布を持つと部屋を出た。
(指輪。は、大袈裟だし。オルゴール。…いや、やっぱりアクセサリーかな)
電車に乗って、デパート近くの地下街の雑貨屋に怜は来ていた。
女性客が多いが、中にはその女性の連れの男性もいる。怜のように単身来ている男性は珍しいようだ。
(出遅れてるってことかな)
怜は自分の行動の緩慢さに苦笑した。
綺麗な銀色の細工の、丸いピルケースが目に入る。中は濃いピンクのビロード張りだ。
美園に常備薬はないが、これなどは使わなくても邪魔にならずに良いかもしれない。
そう考えていると、周囲の空気がさわ、と動いた。
ピルケースから目を上げて女性客たちの視線を追う。
黒いコートを着た少年が店に入って来たところだった。
長身、焦げ茶の癖っ毛、彫りが深めの顔立ち。
陶聖学園で見かけた生徒だ。あの少女に「けんご」と呼ばれていた。
彼は口をへの字に曲げ、難しい面持ちで、緑の目を真剣に陳列された品々に向けていた。
(―――――…あの子へのプレゼントか)
ハーフの少年の真剣さが怜には微笑ましく、変わらないな、と思う。
(変わらない?)
自分の感慨を反芻して、怪訝に感じる。
何も知らない他人の筈なのに。
変わらないな。太郎兄。
怜の心は確かにそう呟いたのだ。




