月影清かに XV
月影清かに XV
格闘技教室で体術の基礎稽古を終え、いつもであれば応用の稽古に移るところ、杖術もやってみるかと師匠に問われた怜は頷いた。修められる武術は修めておきたい。師匠が勧めてくれたのも、今の怜であれば杖術もものに出来ると考えてのことだろう。百三十センチ程の長さの白木の棒を渡され、好きに動かしてみろと師匠が言う。
傍で見ていた人たちは無茶ぶりだなあ、と怜に同情した。
怜が滑らかな動きで自在に棒を繰って動く所作を見るまでは。
お手並み拝見と腕を組んでいた師匠も驚いた。
怜の動きは戦う相手が見えるかのように実戦的だったのだ。
斜線に杖を構えて静止したのは一瞬。
次にはそれを刺突のように鋭く繰り出し相手の得物を絡げ取るように回すと、更に先端で宙を貫く。
師匠の目にはそれによって確実に動きを封じられた人間の喉元までが見えるようだった。
怜はそれにとどまらず舞いに似た足運びで横に重心を移動させる。
くるりと杖を旋回させる。
―――――相手の攻撃を妨げる。
下方から上方に一気に杖を撥ね上げる。
―――――相手の攻撃を無効化させ顎に、杖による強烈なカウンターパンチが決まる。
一対多数を想定した演舞を披露した怜は肩を上げて、下げた。
冴えた双眸が師匠に向かう。
〝こんな感じでよろしいでしょうか〟
そう言っているようだ。
(…この少年は)
何者だろう、と師匠は思う。
武術の素質に恵まれているのは知っていた。初めて杖を手にしても、怜であればそこそこ扱って見せるのではないかと期待したのも事実だが、これは期待以上だ。
まるで幼少期から武術の稽古に励んで育って来た武家の子息のようだ。
そしてまだ彼は、自らの力の使い道を明確に定めていない。最近の怜が何かに思い惑っているらしいことは察していた。
(あの子は、甘えて寄り掛かれる心の居場所を持つべきだ。守りたいと心底から希求出来るものを)
今のままでは余りにも凍てついている。
冬空に昇る凍った月だ。




