表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
580/663

一つ目竜と女の子 XVI

一つ目竜と女の子 XVI


 晩ご飯を食べ終えてから、薫子は隣の佐原家に向かった。

 夏とは言えもう暗いのに、まだ蝉が鳴いている。執念深いと思う。以前そのことを一芯に話したら、でも蝉のバイオリズム、活動形態を乱したのは人間だからね、と諭されて薫子は黙ってしまった。

 子供じみた面と大人びた面が一芯の中にはある。

 チャイムを鳴らすと一芯の父・一誠が笑顔で出た。

「薫子ちゃん、いらっしゃい。一芯が待ち兼ねてたよ」

 顔がほんのり赤い。一杯やってもやらなくても、一誠はいつもにこやかで、表向きはへらへらしていても神経質な息子とは対照的だった。

「父さん、酔っ払いは薫子に近付かないで。薫子、上がって」

 父を押し退けて、グレーのTシャツに紺のスウェットを穿いた一芯が薫子を手招いた。


 そこで一芯は薫子の服装をなにげにチェック。

 ちょっとレトロな水玉のワンピースは、両肩で布地が結ばれたデザイン。

 明るい栗色の髪の、ぱっちりした瞳の少女の可憐さが引き立つ。

 さすがは薫子、と一芯は一人自己満足して笑顔になった。

 薫子は唐突に浮かんだ一芯の笑顔の理由が解らず、頭を傾げた。



 イングリッシュガーデンとまではいかないが、洋風の洒脱な趣ある佐原家の庭に一芯と薫子は出る。

 芝草の上には硝子のモダンな器にセットされた蚊取り線香。

 水がなみなみと入ったバケツ。


 今は蝉も鳴き止んでいる。


 花壇のぐるりを囲んでいた煉瓦の一個を持って来て、蝋燭にライターで火をつけて煉瓦の上に蝋をぽたた、と垂らす。垂らした上に素早く蝋燭を置く。

 一連の作業をする一芯の顔を薫子はずっと見ていた。

 何かに集中している時の一芯の表情が昔から好きなのだ。


 左目に光と意思が凝縮されて輝く。


「あれ。線香花火だけ?」

 薫子が一本に括られた線香花火の束をつまみ上げる。

「うん。…薫子、足、も少し閉じて。見えるよ」

「―――一芯のH!」

「忠告する時点で紳士だって。こういうことは男子に指摘される前に気をつけようよ。薫子は案外、無防備だから僕は心配になる」

 一芯が言いながら線香花火の先端を蝋燭の揺らめく火につける。

 今夜は生温い微風がある。

「暑いね」

 そう言って薫子も花火を持ち火をつけた。

 パチパチパチ、と小さな火花の拍手が鳴る。

 拍手は長く続かず、やがて一つの火の塊に集束して留まり、落ちる。


 ローズマリーの繁みがさわと揺れ、オリーブの樹も枝葉を揺らす。


 線香花火は時を凝縮させる。


 他の花火のように人を多弁にさせない。

 一芯は夏の風情を薫子と濃い時間の内に共有したくて、線香花火だけを準備した。


 次の一本を取り、新しい火花を見つめる薫子の顔に横髪が数本、かかっている。

 動かない睫。


(何を考えてるのかな…)


 髪や頬に指で触れると何かを壊しそうな気がする。


「一芯」


 薫子が花火を見たまま呼んだ。


「何?」

「ごめん」

「――――――何」

「ごめん」

 彼女が謝罪するとすれば一つしかない。

「右目のことなら、事故だ。僕がミスった。君が謝ることじゃない。筋が違うと、もう繰り返し僕は言ったよね?」

「………」

「右目より薫子が大事だ。左目一つでも多くを成し遂げられることを、僕は前生で学んだ。薫子もそれを知ってる筈だ」

「独眼竜でなくたって、」

「…なくたって?」

「………」


 俯いた薫子の唇が小さな火の塊を映して艶めく。


(その内君を全部貰うから。気にしなくて良いんだよ)


 線香花火がパチパチと拍手した。



挿絵(By みてみん)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ