月影清かに XIII
月影清かに XIII
〝待って!〟
呼び止められて振り返ると、あの子がいる。
白い肌。花のように笑いかけて。
なぜか紅梅色の着物を着て焦げ茶の髪を揺らし。
怜に飛びついて来る。
(ああ。ただいま――――――)
アットホームという言葉が浮かぶ。
この子と兄弟の為なら、何でも出来ると思った。
寝具に埋もれた怜に、美園は見入る。
俯せて寝顔を横向けた様子は、雪原に行き倒れた人間のようでもあった。
(こんなに綺麗な人なら、すぐ誰かに拾われちゃうわ)
ううん、自分が率先して拾う、と美園は思う。
通った鼻筋も長い睫も動かない唇も。
清かな月のような少年を、そこに宿る孤高の魂ごと、いつまでも抱き締めていたい。
美園は一度瞼を閉ざし、開けた。
(でもあなた、離れるのよね)
美園には予感があった。
怜は自分に溺れてはいない。
いつも違う何かを、誰かを探し求めている。
布団を剥いで怜の背中の肩甲骨に触れる。天使の羽が落ちた跡は、光の加減で青白い。
無防備に晒された背中に喜びを感じ、ナイフで切り裂きたいような衝動も覚える。
美園は唇を噛んだ。
突き立てて切り裂いても。
(怜は私をきっと怒らない。でも。心も、くれない)
そこそこ裕福な家に生まれ、何事にも優秀で容姿にも恵まれた美園は、これ程の飢えを知らずに育った。怜は美園が初めて出逢った、渇望しても得られない存在だった。自分から異性にアプローチしたのも初めてだった。怜に受け容れられた時は舞い上がったけれど。
「…美園。どうして泣いてるの?」
目覚めた怜に静かに問われる。
「―――――――怜がいなくなるから」
「ならないよ。どうして?」
「怜、」
泣きながら身を寄せる美園を怜は抱き締めた。
寒さではなく裸身が震えている。嗚咽は続く。
「美園?美園。大丈夫だよ」
怜は繰り返したが、美園はそれには答えなかった。




