一つ目竜と女の子 XV
一つ目竜と女の子 XV
川の堤防に立った成実は荒い風に髪をなぶられるに任せていた。熱風だ。
炎天と彼の間を遮る物は何も無いと言うのに、成実は陽に挑むかのように平然として立っていた。
足元には何本かの煙草の吸殻が落ちている。
皓歯と皓歯の間にも、くゆる煙草。
赤い一点から白く細い一筋が伸びる間も無く、煽られては消える。
「人生も似たようなもんだなあ、青鬼灯」
煙草を揺らしながら犬歯を覗かせる。川面に据えた視線は動かない。だぶついたズボンのポケットに入れた両手も。
右五メートル程に立つ青鬼灯は、暑そうに顔を顰めていた。
「時折、らしくないことを仰って周りを戸惑わせるのは成実様の悪癖でございます」
「お前になら良いだろ」
「川の流れの話ですか」
ぞんざいな扱われ様を嘆かず、青鬼灯は律儀に成実の先の台詞について質した。
「いいや」
成実は否定しただけで、煙のことだと教えもしない。
(だが煽られて、消えるまで。如何に過ごすかが器量よ)
代わりに異なる内容の独白をする。
「姫様が、可哀そうだな」
「と、仰いますと」
「右目だ、殿の」
「……」
ぽろ、と灰が落ちた。
「今生においても独眼竜であられるに、殿御自身は何ら厭うものではあるまい。ではあるが、姫がそうと割り切られるのも容易ではない。人の心とはな。殿は今も昔も変わらず硬骨漢であらせられるが、姫様はお心の作りが殿より繊細だ」
「ゆえに気の強さを鎧うておられまする」
「ああ…。―――――――――あぢい」
「ならかっこつけてないで日陰に行ってくださいよ、俺だって暑いんですよ!」
「お前はあれだろ、俺よりお天道様に近いからだろ。無駄に背だけ高いからだろ、あぢいあぢい、」
成実は川に背を向けると煙草をくわえたまま、一っ跳びで堤防から雑草の繁みに降り立った。
青鬼灯が不満顔でそれに続く。
「なあ、何で赤花火じゃなくてお前がいるんだよ?」
「それは赤花火が成実様を嫌っているからです」
「どストレートに言うんじゃねえ。オブラートに包め」
「見境なく迫るのがいけないんですよ」
「莫迦野郎、見境ならついてる、てめえは願い下げだ」
「恐悦至極」
男二人、不毛な言い合いを続けながらざかざかと雑草を踏み分ける。
「あ、今晩は殿と姫に近付いちゃいけませんよ」
「俺は毎晩近付くつもりだぜ?」
「今日の夜はお二人して庭で花火を楽しまれるそうです。殿から伊達配下にあまねく、成実様を全力で遠ざけておけと命令が行き渡っております」
「それでお前、今朝から引っ付いてたのか、超うざかったぜ!!」
日頃、自分の存在と言動が一芯たちにどう感じられているのか、顧みたことのない男ならではの発言だった。
「おっつけ、小十郎様も参られます。ご安心ください」
「殺る気満々だろうがあの野郎はあああ、畜生!あいつから逃れてこんなとこまで来たってのに、」
成実が青鬼灯から離れ、草叢に消えようとした視界の先。
小十郎が端整な口元を笑ませて立っていた。腰を落として拳を構えている。
「ここで逢ったが十一時間目」
「みじけぇっ!」
夏の盛りの昼下がり、蝉の鳴き声をバックミュージックに草いきれがざわめいた。




