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一つ目竜と女の子  XIV

一つ目竜と女の子  XIV 


「だからよお、ぱあ、とビーチに繰り出そうぜ」

 これは警察署から帰って来たB・Jこと成実の台詞。

「殿と姫を本命にビーチで入れ食い三昧が狙いか」

 これは右手の平を成実の喉仏に向けて突き出している小十郎の台詞。

 その手首を成実が際どく掴んでいる。

 力と力は拮抗し、両者の腕はぷるぷる震えていた。

「この物騒な手を退けろ、小十郎。喉仏から圧死させようなんざ陰険だぜ」

「なぜだ…。俺はお前の息の根を止めようと思ってやっているのに」

「〝お前の為を想ってやっているのに〟みてえに言うんじゃねえよ!」


 一芯の部屋の隅で大の男が二人、一芯からすれば莫迦みたいな攻防を繰り広げている。

 当人たちは真剣勝負。

 小十郎は本気で殺る気であり、成実はさせじと全力で抗っている。


「やめろ、俺は、お前は、タイプじゃねえんだ……っ」

「殿の居室であればこそ足技は控えている。俺の思慮を吹き飛ばすようなグロテスクな発言はやめろ、閉ざしてやる、その口、永遠に―――――――」


 いざ合戦となればその前線、乱戦においては腕っぷしが物を言う。

 前生の記憶を保持する男二人、筋力トレーニングには職業柄においても余念がなく、右腕と右腕の争いにはいっかな目途がつく気配がない。


「ねえ一芯、冷房の温度、下げても良い?」

「良いよ。五度ぐらい」

「…下げ過ぎじゃない?」

「そのくらいしないとこの不快指数に僕は耐えられない。二人共、外でやってくれれば良いのに」


「暑いから嫌だ!!」


 相手から目を逸らさず押し合いを続ける二人の、そこだけは見事にハモった。


「だからってうちの温度を上昇させないで欲しいんだよねえ…、ほら、オゾン層とかがさあ、電気代もだけど」

 苦情を言う一芯のシャツの裾を薫子がくいくいと引く。

「一芯、一芯、英語の文法がわかんない」

「どこ?」

「これ」

 困った大人たちを横に薫子と一芯は今日も真面目に夏休みの宿題を片付けていた。

「ああ、過去完了って難しいよね。中一にこんな問題、出すかな…」

「うーん、和訳がこうなるって覚えにくい」

「パターン掴めば先々楽だから」

 一芯に笑いかけられ薫子も頷く。

「うん!」


「殿、姫、俺のハートは、ユーたちに、盗られてしまっていた、ぜ…!!」


 過去完了で会話に割り込まれた一芯はかなりイラッと来た。


「こーじゅ。まだ殺れないの?」

「面目ない。せめて毒は使うまいという心遣いが仇となって」

「お、毒島だけにかっ」

「………」

「使え、こーじゅ。僕が許す」

「御意!」

「張り切って御意るな!活き活きした顔すんな、こええんだよお前っ」


 どうして男ってこうも莫迦に見えるんだろう、と薫子は小テーブルの上に置いた英語の教科書を下に腕を組んでいた。


(一芯みたいに賢明なタイプってやっぱり珍しいのかしら)


 ビーチかあ、と成実の言葉を頭に浮かべて、自称・忠臣である二名の男性を「ちょっと飽きて来たんだけど」という文字を顔に書いて眺めている一芯を見た。


(お母さんに新しい水着買ってもらえるかな…)


 まるで声が聴こえたかのように、一芯がくりんと薫子を振り向いた。

「薫子、海、行きたい?」

 左目が、意外に真剣だ。

「えっと。んっと、うん。ぶっしーが来ないなら」

「そっか」

 一芯がにこりと笑う。

 そこでついに小十郎と成実の力勝負に決着がつき、喉仏を圧迫された成実は「そりゃ殺生だぜ姫様ああああ」という雄叫びを発することはなかった。

 そしてなぜか機嫌が良くなった一芯から恩赦が発令されて成実は存命可能となり、小十郎は激しく舌打ちしたのだった。



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