一つ目竜と女の子 XIII
一つ目竜と女の子 XIII
翌日の朝、チャイムの音に薫子が家の玄関のドアを開けると。
「姫様、B・Jが愛をお届けに参上したぜ!さあ、受取のサインやハンコじゃ不可だ、そのぷるるん、とした唇を頂戴させてもらおうか!!」
薫子はこんがり日焼けした大型トラック運転手・毒島丈太郎を表情一つ変えずに見つめた。
この男を相手に無礼だの上下関係だの、口にするのも空しい。
「…東京に来てたんだ、ぶっしー」
「クールにスルー。憎いプリンセスだぜ」
こぼれる白い歯を見ながら歯周病予防のCMにでも出たらどうだろうと薫子は考える。
蝉の鳴き声とこの男がセットになると暑苦しさも倍増する。
暑い。
「まだ生きてたのね」
「わお、魅惑の毒舌ガール健在」
「てっきり琵琶湖とか京都の鴨川とかの水底に沈んでるかと思ってた、てか沈んでて欲しかったわ」
B・Jこと成実が所属する運送会社の本社は関西にある。
「ふ、ツン押しだな。良いんだぜ…?俺の腕の中でデレても」
噛み合わない会話山の如しである。
薫子は成実の暑苦しい身体を避けて、近所迷惑にならない程度の声を戸外に上げた。
「こーじゅ。か誰か。いないー?」
すると門柱からひょっこり覗いたのはくりんとした巻き毛の少年の顔。
「姫様。生憎と今は僕しかおりませぬ」
「黄熊。あんたで良いわ。ぶっしーげざねが来たの。殺ってくれる?」
まだ九歳の、愛くるしく整った人形のような造作の面に浮かぶ表情は至って真面目だ。
「承知致しました。策を練る猶予をお与えください」
「おい、プー。俺ぁショタコンじゃねえんだ。もうちいとばかし育ってから来いや。可愛がってやるからよ」
「僕では成実様を殺せぬと仰いますか。それからその呼び方はやめてください」
真顔で喰ってかかる少年に、成実は、はは、と笑いかけた。
「今はまだなあ。俺は伊達政宗の両輪と称された片方だぜ?数年、鍛えろ。どのみち小十郎の奴が俺を付け狙ってるからお前の猶予はなげえよ」
薫子は対峙する両者を見比べた。
成実の台詞は正論だ。唇を噛み締めた少年が薫子は哀れに思えた。
そこで薫子はおもむろに玄関にあった母のハイヒールを履き、す、と右膝を上げて狙いを定めた。
晴天に、けたたましい悲鳴が響いた。割れんばかりの悲鳴である。
「んっぎゃあああああ!!いっでええ、踵、踵、ヒールで抉らないでえええ足がぁ、足があああっ」
ぐりぐりぐり、と成実の履き込まれたスニーカーの爪先部分に鋭く尖ったヒールをめり込ませる。めり込ませながら少年に優しく声をかける。
「落ち込まないで、黄熊。人を頼ったあたしが悪いの。最初っからこうすりゃ良かったんだわ」
「いやいやいや姫様、肉が、肉が裂けるからああもうすぐで骨に到達するううう」
薫子は略式結界を張らなかったので騒動に驚いた近所の人間が警察に通報し、成実は変質者の容疑で事情聴取を受けた。




