一つ目竜と女の子 Ⅺ
一つ目竜と女の子 Ⅺ
翌日の夜、風呂上りの一芯が自室のドアを開けると。
「へーい、殿。俺の可愛い仔猫ちゃん。待ち兼ねたぜ」
上半身裸の、コーヒー豆一歩手前くらいに焼けた、筋骨たくましい男がベッドに片肘を突いて頭を支えて待っていた。
「……………」
「ベッドも人肌に温もってるぜ。あとは殿が俺の胸目がけてダイブするだけさ!」
ばちん、と音が聴こえそうなウィンク。
一芯がカラカラとガラス戸を開けて上方に声を投げた。
「こーじゅ。青鬼灯でも良いや。どっちかいるー?」
「両方いる。殿」
「小十郎様と飲んでました」
「ひとんちの屋根の上でか。まあ良い。成実が潜り込んだから殺って」
「御意」
「…」
主君の要請に小十郎は打てば響くように応じ、青鬼灯は沈黙した。
一芯の部屋に二人の男がバルコニーを伝い滑り込んだ。足音一つ立たない。
総勢で男が四人。部屋の熱気が上がる。成実がてらてらと光る半身を起こした。
「おいおい小十郎、なっちゃいねえなあ。長年の朋友をそうあっさり殺ろうなんざさ」
「俺は長年、お前を殺る機会を狙っていた。殿の命令は渡りに船、勿怪の幸い」
「てめえ、人取橋を共に潜り抜けたダチを…」
世に言う「人取橋の戦い」とは伊達政宗、片倉小十郎景綱、伊達成実らが奮戦して九死に一生を得た戦である。
「あの時も俺はお前を殺る機会を狙っていた。虎視眈々と」
「あの乱戦の中でか!!逆にリスペクトだぜっ。あ、殿。愛姫様、健やかに発育されておいでだぜ!」
「――――何だと?」
「風呂場の磨りガラス越しのシルエットじゃあ確実なことは言えねえが、こう、実りつつある桜ん坊みてえな果実の気配が、へい、ウェイト、ウェイト、鋏を首に刺すのは勘弁っ、青鬼灯、見てねえで止めろっ、安心しろ、お前は俺のストライクゾーン外だ!」
「それは一安心ですが殿のご勘気と小十郎様を俺一人で止めるのは無理ですし…止めないでも良いかな、って思いますし……」
「正直者だねっ!?」
「動くな、成実。頸動脈から外れる。楽に殺してやれなくなるだろ?」
「この成実ことB・J、殿と姫様の操を頂戴しない限りは死んでも死なねえぜっ」
白い歯がきらりとこぼれる成実の今生名は毒島丈太郎と言う。
ビーチにでもいれば何人かの女性を釣れたかもしれないB・Jの良い笑顔だったが、一芯の声は海水より冷たかった。
「死んで良いよ」
「いってえ、刃が、マジでいってえ、切れてるこれ切れてるってえええ」
一芯によって張られた略式結界の効能により、これらの騒動で家人が何事かと顔を出すこともない。
佐原家の夜は一部、騒がしく更けて行った。




