月影清かに Ⅻ
月影清かに Ⅻ
祖父・正隆と過ごす時間はいつも怜の枯渇を慰撫した。
正隆は取り立てて説教や訓戒を垂れる訳ではないが、大らかな慈しみの眼差しに包まれるのを感じるだけで心に沁みるものがあった。
スーパー袋に入れた大根や白菜などの土産を持たされて、怜は正隆の家を出た。
日が暮れるのが早い季節だ。家の最寄駅に電車が着く頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。余り遅くなると母親が心配する。先程も携帯にメールの着信があった。
人家もまばらで街路灯の寂しい道を怜が急いでいると、ばらばらと人影に囲まれた。その数五、六人。
「な?こいつがエトウリョウだろ?見つけたの俺だぜ」
同年代に見える少年がにやつきながら他の少年らに嘯く。ぴい、と口笛が鳴った。
「感じわりい面してやがんな。秀才くんって奴か」
「骨の一本でも折れば良いんじゃね?」
「二、三本いっても良くね?」
少年たちが怜の恐怖を煽るようにどっと笑うが、怜は慌てず騒がない。
心当たりのない事態の発生源に思いを巡らせている。
「潰すぜ。新庄さんの邪魔になりそうならな」
一人の少年の低い声で思い出す名前があった。
新庄竜軌――――――。
とすれば。
「陶聖学園か」
「だったら何だあああっ!?」
拳を振りかぶって来た相手の顔面を重量ある根菜の入った袋で強打する。
肥え太った大根も白菜も立派な鈍器だ。
鼻血が空気に飛び散った。
怜はスーパー袋を手放し、怒声を発しながら突進して来る少年たちに身構えた。
彼らの中に、鍛錬を積んだと見られる者はいない。怜から見れば無闇に手足を振り回しているだけだ。
自分の拳を傷めないよう一人の鼻っ柱を殴るとぎゃっ、と悲鳴が上がった。
人間の急所は身体の中心線状に集中している。
股間を蹴り上げるのは容赦なく出来る。後遺症の懸念なく。反対に効果は絶大だ。
二人、悶絶している。
右手から逆上した顔が一人―――――――。
これには左回し蹴りで対応することになるが、幾許か同情しないでもなかった。
利き足でないぶん加減してやれない。
更には右脚より重みが増す。
〝体重を乗せろ。落とし込む要領だ〟
発育途中の少年の身体が地面に吹き飛んだ。残りの少年らは仲間も顧みずに逃げた。
素人相手に加減しなかったことを師匠に知られれば叱られるかもしれない。
(…身体は温もったけど)
多少のストレス発散にもなった気がする。
怜は大根と白菜の入った袋を拾い上げてへたり込んでいる少年たちを一瞥すると、無言でまた歩き出した。
空には酷薄そうな細い月が出ていた。




