一つ目竜と女の子 Ⅸ
一つ目竜と女の子 Ⅸ
一芯はうっすら染まった顔を俯け、はにかんだように唇を波打たせながら頭のリボンを撫でる薫子を観察していた。
抜け目ない隻眼で観察した結果はやはり。
(可愛過ぎる)
本当であれば今すぐにでもいただきたいくらいだが、そこは自制心で堪える。この愛しい薫風の前ではしばしば飛びそうになる自制心ではあるものの――――――――。
一芯と視線が合った薫子は、決まり悪そうに、でも照れた笑顔を見せた。
睫がちらちら揺れて、唇の膨らみの間から白い歯が見えてすぐ蕾の向こうに隠れる。
(可愛過ぎる)
だがヌーちゃんの代わりに薫子に添い寝出来るまでには、あと数年は要するだろう。
戦国時代ではないのだ。
それが務めだろうという大義名分が存在する筈もなく。
ならばせめて。
そこまで考えてから一芯は薫子の唇を見る。そのあわいの向こうにある甘い闇を透視するくらいの集中で。
「―――――薫子。さ、」
「ん?うん」
「誰かと」
「うん?」
リボンが斜めに傾げて揺れる。それを目の端に捉えながら一芯は一息に言った。
「Aしたことある?」
「えー?」
リボンがまた揺れた。一芯を誘うように。
「キス」
薫子が氷の像になった。と、立ち上がる。
「ないわよ!何訊いてんのよ!!一芯の莫迦!!」
予想外の激昂振りに、一芯はたじろいだ。そうなのかと安心する暇もない。
「え、そこまで怒る?薫子」
「怒ってないっっ」
「………」
「悪かったわね、Aもまだの朴念仁で!」
「悪くないよ。あと朴念仁は普通、男に使うし…」
「どうせまゆちゃんみたいに進んでないもん!」
「いやまゆちゃんってのは知らないしどうでも良いんだけど」
唐突に薫子の怒りの炎が消えた。
怒り顔から一転、眉間に悩ましげな皺を寄せ、切実な瞳で一芯を見た。
「もしかして一芯」
「え?」
下心を見抜かれたかとひやりとする。
「したことあるの」
ああ、と思い至る。
「キス?ないよ」
間抜けな問答、と思った。
薫子以外の女の子を相手にそんな気にはならない。
そこまで考えて一芯は、薫子がなぜああまで激昂したのかを理解した。
(だよね。僕以外とする筈ないよね)
「なら初心者同士、してみる?」
薫子の無垢な目が一芯の姿を映す。
一拍の沈黙。
「一芯の大莫迦野郎っ!!」
激しい平手打ちが一芯の頬を襲った。




