月影清かに Ⅺ
月影清かに Ⅺ
昔ながらの田園がすぐそこにあり、日本家屋が軒を並べる。大根の葉などが青々とした畑も多い。
都会では見られない川の清流を見ると、祖父の家に来た実感が湧く。
訪問することは予め電話で伝えていた。
呼び鈴を押して待つ間、頭上を鷺が悠々と飛行し、羽毛の白さに束の間見惚れる。
「中鷺はなあ、冬には嘴が黄色くなるんだ」
視線を下に戻すと、胡麻塩の髭を生やした祖父の正隆がにっと笑った。
「よく来たな、怜。入れ入れ」
いつもこんな調子だ。七十近いが矍鑠としている。
怜も顔を和ませて正隆のあとに続いた。
コートを脱いだ怜は掘り炬燵に座った。
新聞やら何やらごろごろと、色んな物が乱雑にある客間の向こうに続く部屋には、祖母の位牌が置かれた仏壇がある。仏壇だけはいつ来てもピカピカに磨き上げられているのが祖父らしい。とても仲の良い夫婦だったのだ。
正隆が緑茶の入った湯呑を盆に載せて運んで来た。
祖母が亡くなるまでは茶の淹れ方も知らなかった人だ。
「恒二は元気か?」
正隆が、怜が手土産に持って来たどら焼きの包みを開けながら訊く。
「うん、サッカーに夢中」
「そりゃあ良い。今はなでしことか女子も活躍してるしなあ。あいつにも顔を出すように言っとけ」
「うん」
「君江と美邦くんも元気か?」
怜の父母の名前だ。正隆は怜に対して余り「父さん母さん」とは言わない。
「うん。おじいさんによろしくって」
「嘘を吐け、こいつ」
「……ごめん」
「子供が要らん気を回すんじゃない」
「うん」
「ほらお前、姿勢が良いぞ、もうちょっとだらけろ!」
怜は湯呑を置いて破顔してしまった。
「おじいさん、言うことがおかしいって」
「何がだ。だらけてる奴にはぴしっとしろって言うけどな、お前はぴしっとし過ぎだからだらけろって言うとるんだ。ちゃんとした理屈だぞ、これは」
「はいはい」
怜は背を丸めて炬燵の台に顎を置いた。
「これで良いでしょうか先生?」
「よしよし」
怜の姿勢に満足な顔をすると、正隆は自分も同じポーズを取り、怜を見るとにやにやと笑った。




