月影清かに Ⅷ
月影清かに Ⅷ
怜は受験勉強も脇に置き、ベッドに腰掛けて両手の指を組み合わせていた。
陶聖学園で見た少女と少年の姿が怜の脳裏に焼き付いている。
込み上げた理由の解らない涙の熱と共に。
熱い液体は盛り上がっては滴った。寒風でさえその熱を冷まさなかった。魂の根底から湧き出るものだったからか。
長い流離の果て、ようやく家路に就いた旅人のように。
家に灯る、温かな明かりを見て息を吐く旅人のように。
自分が流浪の民であったなど、怜は知らなかった。虚空に肌を晒す感覚は、余りに慣れ親しんで彼と一体化していた。
自分が寂しい子供であるなど。
〝待って!〟
焦げ茶色の髪の少女。透き通るような肌の。
〝次郎兄はなぜそうなのです〟
髪の色こそ違えど、体育館で気絶した時によぎった幻の少女と似ていた。
優しそうな女の子だった。
誰かが胸を痛めていれば、自分まで共鳴して泣いてしまいそうな。
抱き締めて抱え込んで慰めて励まして。
怜は一度見たきりの名も知らない少女にそれを求めている自分に気付き、眉をひそめて自己を嫌悪した。
自分の脆弱さなど見たくない。知りたくない。
弱ければ自己を否定される―――――――。
(…誰から?)
怜は自分の怯えを悟り、眼球を揺らした。
これまで両親や他の大人たちからは褒められる一方で、叱られ貶されたことなど記憶にない。母方の祖父だけは度々、もっと楽に生きろと苦言を呈してくれたが。
〝妹にさえ勝てぬは、うぬが未熟よ〟
脳髄に斬り込むように、男の声が頭痛を伴って響き、怜は低く呻いて頭を押さえた。
怜を真っ向から否定する声。
弱者に用はないと。
斬って、捨てられた。




