一つ目竜と女の子 Ⅷ
一つ目竜と女の子 Ⅷ
一芯の部屋のドアがノックされ、一芯の母の春海がトレイを持って入って来た。
トレイの上にはカルピスの入ったガラスコップが二つ。中の氷がカラカラと楽しく歌う。
「どーおー、二人共。頑張り過ぎてない?たまにはサボらないとダメよー?」
学生の親にあるまじきことを言いながら、勉強道具を避けてガラスコップをテーブルに置いた。
「母さん。水を注さないで」
「何がよ。勉強に?薫子ちゃんとの間に?」
「両方」
「可愛くなーい。一芯ってばほんと、可愛くなあーい。お腹痛めて生んだ身にもなってみなさいよ」
「どうして女性ってそう可愛さに重点を置くかなぁ。僕は薫子が可愛ければそれで良いし」
「言ったな、こいつ」
テレビドラマの常套句のような台詞を春海は口にするとふてぶてしく笑い、エプロンの両ポケットから束ねたリボンを取り出した。
「じゃん!!はい薫子ちゃん、おいでおいでー。おばさんがもっと可愛くしたげる!」
「え、…と、」
薫子は春海に抱き寄せられ、明るい栗色の髪の毛の一房を三つ編みされ始めた。
一芯がシャーペンを置いて身を乗り出す。
「ちょっと。勝手にいじらないで」
「薫子ちゃんが可愛ければ良いんでしょうが」
「だからって薫子に触らないでよ、母さん」
僕のだよとは言わない。
「あんたより断然可愛いんだから仕方ないでしょ?んー、可愛いっ。ねえ、薫子ちゃん、おばさんもおじさんも、学生結婚でも反対しないからね?早くうちにお嫁さんに来てちょうだいね?」
「ええっと、は、い、や、あの」
肩まである薫子のボブヘアーが、緻密で繊細な模様のレースリボンやベルベットの細いリボンなどで飾られてゆく。毎回、顔を合わせるとぎゅうぎゅうと押される春海のリクエストに、薫子は毎回のように頬を赤らめてたじろいでしまう。
そうした様子がまた、春海や一芯の目に可愛く映るのだ。
強気に見える少女は、実はにこやかな押しの強さに弱い。
「ギャップ萌える…」
一芯がうっかり口を滑らせたので、薫子は怒るべきか更に恥ずかしがるべきか混乱してしまった。
ただ一人、春海だけが強く頷く。
「解るっ」
「母さんに解られても空しいよ。薫子を完成させたら退室して」
「何よその、美味しいとこだけいただきます、みたいのは」
「いただかないって、まだ」
「――――――〝まだ〟」
春海が語尾をリピートした。
一芯が口を押える。
飄々としてマイペースな母の勢いに巻き込まれると、口が滑りやすくなってしまう。
リボンで飾り立てられた薫子はどぎまぎして耳まで赤い。
「一芯。学生結婚ったって中一はまだ早いからね?あー、心配だわあ。薫子ちゃんって情に流されやすいから、一芯が強引に迫ったら…」
皆まで聞かず、一芯は母親の身体を部屋から外に追い出した。
バタン、とドアを閉めると、縮こまっている薫子を見る。
「…怖がらないでね、薫子。何もしないから」
「うう、うん。解ってる、」
だが薫子の頭の中では「まだ」という単語が駆け回ったり飛び跳ねたりしていた。
(一芯って将来…)
もしも一芯が自分のことを好きで、将来、結婚しようと考えてくれているのなら。
(すっごく嬉しい)
薫子は俯いて、頭にあるリボンを撫でた。




