一つ目竜と女の子 Ⅶ
一つ目竜と女の子 Ⅶ
薫子と一芯は一芯の部屋で、夏休みの宿題を片付けていた。このあたり、律儀な性分は両者似ていて、二学期の始業式直前に大慌てで手つかずの宿題に取りかかるなどという事例とは小学生の時から無縁だった。
一芯は文系、薫子は理系。
解らない問題は教え合うが薫子のほうが教わることは多い。
一芯は全教科、コンスタントに成績優秀なのだ。部屋の真ん中に置いた折り畳み式小テーブルの上には勉強道具が広がっている。
「一芯って可愛くない。絶対に可愛くないわ」
一芯の書いた漢文の書き下し分と現代語訳を見て内心で唸った薫子がぼやく。
自分よりはるかに正確な解答。
模範解答だ。文系とは言え出来過ぎだろう。
前生で修めた漢詩や和歌の学識を未だに持っている。
ずるっこ、と薫子は思う。
一芯は涼しい顔で物理の問題を解いている。
「良かった。薫子に可愛いなんて言われたら、僕の立つ瀬がない」
こちらは薫子のノートを参考に開いてはいるものの、ほぼ自力ですいすい解いている。
「じゃあ一芯ってすごく可愛い。…ううん、やっぱ無理。逆さに振っても可愛くないもの。ヌーちゃんをちょっとは見習いなさいよ」
「一日中、犬小屋の屋根の上に仰向けで寝てろって?狂気の沙汰だね」
「ただ寝てるだけじゃないわ。食べ物のこととか、この世の哲学について思い耽ったりしてるのよ」
「そう。そろそろヌーちゃんから離れて、添削終わったんならプリント返して」
「はい。ほぼ完璧だった。莫迦」
「形容矛盾。深いね、薫子」
薫風 夏を渡りて 月方に明らかなり
此の興 主賓 盞を挙ぐる程
日暮れ 談闌にして 佳席静かなり
已に帰去滞りて 三更に到る
これは夏月と題された伊達政宗の七言絶句である。
こんなものを詠んでしまう頭脳を中学一年生男子が有しているのだ。
反則技だ。
薫子はぷりぷりしながら一芯を睨む。
顔を上げた一芯は薫子と目が合うと破顔した。
「…何よ」
「んーん。薫子は可愛いな~と思って」
「ばっかじゃないの」
「ヌーちゃんより可愛いよ」
「…そんなことないもん」
「あるよー」
薫子は動揺を誤魔化す為に、一芯の解いた物理の数式に集中する振りをした。
『宮城大学研究紀要』47(2012)収、島森哲男「伊達政宗漢詩校釈」より引用。




