月影清かに Ⅴ
月影清かに Ⅴ
〝次郎。剣の稽古に付き合え〟
〝左様なことを言うて。太郎兄は臥龍を見せびらかしたいだけではないのか?〟
指摘すると小野家長男・太郎清隆は笑った。
〝そうだ。お前も虎封で応じよ〟
〝真剣では若雪が案じるぞ、兄上を〟
〝俺たちを、だ。次郎〟
清隆は頑なに訂正した。
けれど次郎清晴は知っていた。
長兄の清隆と妹の若雪が、互いに惹かれ合っていることを。
実の兄妹でありながら二人は似合いの一対と見てもいた。
〝若雪のような妹を持つと、他の女子を娶りにくくなるな〟
戯れのように清隆に言うと、彼は唇を引き結んで黙った。
〝何のお話をしておいでですか。太郎兄、次郎兄〟
若雪が後ろからにこやかに声をかけた。
紅梅色の小袖が、雪のように白い面に映えている。雪を被った枝垂れ梅の風情だ。
我が妹ながら美しいことだ、と清晴は思い、さりげなく清隆に目を遣ると、彼は眩しいものを見るように双眼を細めていた。兄の切ない想いを見て取った清晴は目を逸らした。
二人に幸せになって欲しいと望む一方で、決して他には悟らせぬが、清晴も若雪に対して仄かな憧れを抱いていた。
兄の清隆ほどに強い思慕ではないが、清晴は若雪より清かな美を備えた女子を他に知らない。
(兄上がお前を娶れるものなら)
目を覚ますと見知らぬ少女が怜を覗き込んでいた。
(若雪じゃない―――――)
美園だ。布団の下は裸身で、泣きそうな顔は強張っている。
「…ゆきって誰」
「ゆき?」
「寝言」
「俺が?」
「私も怜と付き合ってから初めて聴いた」
美園の声は低く硬い。
(雪?誰だ)
懐かしい夢を見た気はするが、内容は思い出せない。怜の不可解な思いが顔に出ていたのだろう、美園は表情を安堵に緩めた。
「降る雪のこと?」
「多分」
そうではない、という確信があったが、怜は美園の思い込みを訂正しなかった。
紅梅の季節はまだ先だな、となぜだか思った。




