一つ目竜と女の子 Ⅴ
一つ目竜と女の子Ⅴ
薫子の手に、硬球は重くて大きかった。
キャッチボールのあと、リビングで右手首をさする彼女に、グラブとボールを仕舞って来た一芯は気付いた。
「痛めた?」
「ううん、そこまでないけど、」
「ひねった?」
「違うと思う」
「見せて」
一芯が薫子の右手首を両手で丁寧に扱い、医師のような顔つきで見つめる。
二人共、庭とガラス戸一枚隔てたリビングの床に座り込んでいる。
伏せられた一芯の目に薫子の視線が向かう。
一つだけ残された左目から洩れ出る光は北国の冷たい水のようで綺麗だ。
薫子の手が優しく戻される。
一芯の手が離れる。
「大丈夫そうだ」
安心させるように言った一芯に薫子は別のことを言う。
「でも、蚊に刺されたみたい。あちこち痒い」
「どうぞ刺してくださいって格好してるからね。どれ?」
「どうして一芯は刺されてないのよ」
「変なとこ悔しがってないで。あー、…ほっぺた。赤くなってる」
「うぅ、痒い!」
「かいちゃダメだよ。塗り薬取って来るから」
リビングの押入れを開け、薬箱から目当ての物を見つけると一芯は薫子の元に戻った。
薫子は帰りを待ち侘びた仔猫のような目で一芯を見上げる。
(……可愛い。食べたくなるよね。蚊じゃなくてもさ)
薬の蓋を開ける。
「痒み止めだから、顔出して動かないで」
「ん、」
薫子の頬にひや、とした物が触れた。皮膚がすうすうする。
「よりによって、女の子の顔刺すことないじゃない!」
「蚊に言ってね。薫子のほっぺたは甘いから。他は?」
「んー…、右腕とか、左の太腿とか」
一芯が言われた箇所に痒み止めを塗ろうとすると、薫子の両手が、ば、と太腿を庇った。
「いい、ここは自分で塗るから、」
「そう」
一芯は大人しく引き下がった。左太腿の内側に薬を塗る少女を一枚の絵のように眺める。
(あれ?)
薫子は塗りながら今更、思った。
〝薫子のほっぺたは甘いから〟
知った風な物言いだった。前生の話とも違うような。
なぜそんなことを言ったんだろう。




