一つ目竜と女の子 Ⅳ
一つ目竜と女の子 Ⅳ
「ねえ、」
薫子は問いかけざま野球ボールを投げる。
「何?」
一芯がそれをグラブでキャッチする。
炎天下、キャッチボールがしたいと言い出したのは薫子だった。
一芯は彼女の我が儘にはなるべく付き合うことにしている。薫子の午睡の間にしたいたずらへの負い目もあり、素直に二つのグラブと野球ボールを取り出して狭い庭に薫子と向かい合って立った。
「今でもキリスト教が好き?」
「―――薫子、ちゃんとグラブに向けて投げて」
一芯が投げ返す。こちらは正確なコントロールだ。
「投げてるじゃない」
「僕の背を三十センチ高く見積もってるならね」
ほとんど叫ぶようにそう言い返しながら、一芯は、今度は右下に大きく逸れたボールを辛うじてグラブに収めた。
ぱん、とキャッチ音が響く。
一芯がボールを投げながら、遅れて薫子の問いに答えた。
「普通。あのころも、西洋医学とか、あっちの技術に興味があったのが大きかったんだよ。ただ、支倉には悪いことをした」
伊達政宗が派遣した天正遣欧使節の正使・支倉常長のことだ。
彼は七年に及ぶ旅を徒労に終えたばかりか、帰国後は蟄居させられた。徳川幕府によるキリシタン弾圧が厳しさを増していた為に、政宗も常長に心苦しい対応を表向きは取らねばならなかった。
「そうなんだ…」
薫子は物思う表情で難無くボールをキャッチする。
そしてまたどこに飛ぶか判らないボールを振り上げる。
「君は一時期、はまってたよね」
一芯が背伸びしてそれを受けた。
「ちょっとだけね。だって…」
ぱん、と薫子のグラブが鳴る。
「だって?」
「………殺さなくて済むなら、殺されなくて済むのなら、それが良いと思って」
一芯は黙ってグラブを下ろした。
薫子がボールを投げる手を止めたからだ。
代わりに彼女が投げた眼差しを一芯は受け止めた。
ボールと同じように狂いなく。
(…変わらないね)
蝉の鳴き声が怨嗟か嘆願かのように聴こえる。




