一つ目竜と女の子 Ⅲ
一つ目竜と女の子 Ⅲ
一芯の匂いがする。
冷やしたミントのような芳香。
(変なの……政宗と同じ)
体臭も転生するのだろうか。
薫子が寝惚け眼を泳がせるとタンクトップの上に肩から一芯のシャツが掛けられていた。
ミントグリーンとブルーのグラデーション。
それで一芯に包まれている気がしたのだ。
一芯は椅子に腰掛け、文庫本を開いていた。
スタンダールの『赤と黒』。
以前、見せてもらったことがあるが、薫子の目にはくどくどした文章が敷き詰められてちっとも面白いとは感じられなかった。
もっとはっきりきっぱり、明快にストーリーを進めてよ、と思った。
一芯が興味を示すものに共感出来ないのは寂しくて嫌だ。
薫子がちくちくしたギャッベから身を起こすと、気配を察した一芯がこちらを向いた。
少しだけ口角を釣り上げる本物の笑顔を、薫子には見せてくれる。
冷淡さが遠のいて。
(シャツ、返したくない)
きゅ、とグラデーションを握る。薫子が欲しいと言えば、気に入っていても一芯はきっとくれる。
けれどそれでは一芯を欲しいと言うようで。
見抜かれるような発言は出来ない。薫子はシャツを青と黄のギャッベの上に置いた。ギャッベに蛇が曲がりくねったような模様が隠れた。
一芯が眉を緩め、呼気を洩らす。
薫子の本音を承知して苦笑しているのだ。薫子は決まりが悪かった。
「よく寝てたね」
「…うん」
「身体、冷えてない?」
「うん」
「そっか」
そのまま、一芯が本に目を戻すのが嫌で、薫子はかき氷が入っていた、波状の縁が乳白色のガラス器を見ながら話題を探した。
「一芯。今年も盆踊り、行く?」
「薫子と一緒にね。まだ先だけど。…浴衣、着るよね、薫子?」
「うん。朝顔の、紺色の…。いつものだけど」
「それが良いよ」
「どうしてよ」
「さあ?」
はぐらかす。
薫子は一芯の口から、似合うからとか、可愛いからとか聴きたいのに。
「盆踊りしてる人間の何人が、盂蘭盆会を知ってるだろうね。祖先の御霊を想い、冥福を祈る人間が?」
そんな薀蓄を静かに傾ける。
「あたしだって盆踊りでそんなこと、考えてないわ」
「僕もだけどね」
「他人のこと言えないじゃない」
「言えないね」
あっさり認められると拍子抜けする。
「一芯も浴衣、着るでしょ?」
「着るよ。浅葱の、いつものだけど」
「ふうん、そう」
一芯の左目が物欲しげな色を宿している。
それが良いとか、似合うとか格好良いとか。
薫子だって簡単に言ってはやらない。




