一つ目竜と女の子 Ⅱ
一つ目竜と女の子 Ⅱ
夏休みに入ったある日。太陽が中天を過ぎる頃、口を閉じたあさり貝が入るくらいの大きさに唇を開け、薫子は一芯の部屋の床で眠り込んでいた。
練乳シロップをかけたかき氷を食べてしばらく一芯と喋っていたのだが、その内眠そうに目をこすると、とろとろと瞼を下ろしてしまった。
冷房の心地好さもあったのだろう。
(…無防備)
一芯は桃色の花弁を二枚置いたような唇とあどけない寝顔と、横に折り崩れた柔らかそうな少女の肢体をノンフレームの奥の左目で見た。
さらりとした視線でなく、凝視だった。雌伏する竜のような。
黒無地のタンクトップの小さな膨らみ。
臙脂色のキュロットから露わな腿、ふくらはぎ、素足。
(試されてる気がする)
据え膳、という単語がいつものように浮かぶ。これで自分はよく耐えている、と一芯は我ながら感心してしまう。その気になればいつでも襲える「男」なのだと、薫子は思ってもいないのだろうか。
「…薫子」
ふといたずら心が湧いて、人差し指を薫子の開いた口の空洞に添えてみた。
一芯のしなやかな指があさり貝の厚みをくぐる。
桃色の扉を持つ空気孔から生温かい微風を感じた。
はむ、とその扉が一芯の指を食んだのは次の瞬間だった。
やわやわとした弾力が人差し指を挟んでいた。
「…うー…」
薫子は不明瞭な寝言のような声を出しながら唇をもそもそと歪めた。
堪らないのは一芯だ。身じろぎも出来ず人差し指にまつろう甘やかな感触に、自分を必死で押し留めなくてはならなかった。
指先を薫子の舌が通過しても薫子が身動きして両の太腿が眼前に晒されても。
少女の身体から立ち上る熱に絡め取られそうになりながら、一芯は右手を逃げるように退けた。薫子は唇を閉じた。
「………」
濡らされた指先で薫子の頬をなぞっても起きない。
「…むぅ…う」
空気を咀嚼するように口を動かしてまなじりを緩めている。美味しい物をたらふく食べる夢でも見ているのだろうか。
驚かされ脅かされた報いも含めて、一芯はなぞった軌跡を辿るように、大胆にも薫子の頬に舌を這わせた。彼女が起きた時は起きた時だ。
(居直ってやる)
左の眼球を動かしてすぐそこにある薫子の睫を見た。眼鏡が邪魔だ。
ふっくらした頬は溶けそうな練乳の味だった。




