一つ目竜と女の子 Ⅰ
この作品は、本編に登場する伊達政宗の生まれ変わりである佐原一芯と、その正室・田村御前(愛姫)の生まれ変わりである光瀬薫子の物語です。
本編では高校生である彼らが、中学一年生の頃のお話。
一芯は本編では382話「難しいよ」で初登場です。
一つ目竜と女の子 Ⅰ
「かおちゃんは好きな男子いる?」
「いない」
中学一年の夏休み前、同じクラスの女子に訊かれた薫子は間髪入れずに答えた。
含み笑いの相手が、一芯の名前を自分から引き出したいのは明白だったからだ。
「嘘、言わないでよぉ」
濃くマスカラを塗った真由美は唇を尖らせた。そんな媚態を自分にまで振り撒いてどうする、と薫子は少し呆れた。
今日も暑くて、セーラー服のブラウスが汗で皮膚と一体化するようで苛々する。蝉の声が教室の中にまでみんみんみいんとけたたましく響いて、何て煩わしいのだろう。
「嘘じゃないよ。まゆちゃんみたいに早く彼氏、見つけたいんだけど」
そう言ってやると、真由美は虚栄心を満たしたように笑った。
可愛かった。
その笑顔に女子のプライド以外の純粋な「女の幸福」を見た気がして、薫子は微笑ましくも妬ましくなった。
物心ついた時から好きな男子は佐原一芯、彼だけだ。
自分のせいで、彼は幼くして右目を失くした。
隻眼に眼鏡をかけた物静かな優等生を演じる一芯は、大多数の人間に地味な男子と見なされていたが、女子から「そういう眼」を全く向けられないかと言えばそうでもなかった。
目敏く彼の美点を見抜き、好意を抱くごく少数の女子の存在に、薫子は怯えていた。
そして自分を安心させる為に、薫子は幾つもの呪文を唱えた。
あたしは一芯のお隣さん。
あたしは一芯の幼馴染。
あたしは昔々、一芯の奥さんだった。
右目を奪った代償を理由に、あたしはいつまででも、彼の隣に居座り続ける。
もし一芯に、どうして傍にいるのだと邪険に尋ねられる日が来たら。
自分以外の女の子を横に侍らせて。
その時、自分は胸が抉られた激痛に泣き喚きたくなるだろうけれど。
だってあたしには責任があるから、と尤もらしく言い訳するのだ。




