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銀幕から

銀幕から


 静かな佇まいの壮年の紳士は、東京駅ホームの雑踏で目立っていた。

 全体に枯れ草を思わせる渋い色合いの羽織袴。直立不動で誰かを待つ風情の髪には、狙い澄ましたようなバランスの妙で白髪が混じり、年経て尚、華やかな顔立ちの造作を際立たせる。銀幕から抜け出た俳優のような男は、自身の浴びる注目を意に介していない。

 息子たちと同様、そこは慣れであった。

 やがて彼の待ち人が来た。


「…三左(さんざ)

 脱力した声と顔で竜軌が言った。

 美貌の紳士が顔をほころばせる。

「上様。…御方様。――――――美羽様でおわしますな。お懐かしや。変わらぬ、花のかんばせであられる」

 美羽は菊花を散らした茶系紅の振り袖に、黄昏の空を思わせる道行を着て、首にはミンクの襟巻を巻いている。髪は椿が彫り込まれた珊瑚と多角形の水晶の光る金の簪でまとめ上げている。大島紬の道行には雨雪が支障が無いように撥水加工が施されてある。

 竜軌もまた、グレーと藍色を混ぜた色の大島紬のアンサンブルにベージュのコートを羽織り、黒いマフラーを巻いている。美羽と約束した和装のお揃いだ。

 大きな荷物は文子の実家である鱗家に送ってあるので、二人共、身軽だった。

 張りのあるビニールに包んだ菊の花束を抱える美羽は筆談が出来ない。ただ竜軌と紳士を交互に見上げる。和装の三人は、三左と呼ばれた男が一人でいた時よりも美々しく目立っていた。

「なぜいる?」

「倅めらに聴きましてお見送りに馳せ参じました」

「お前も長可(ながよし)無骨(むこつ)も要らんぞ」

「はっはあ。そう無下に仰せらるな。とは申せ、お二方の逢引きに水を差すような真似は致しませぬ」

 竜軌のすげない物言いに、からり、と紳士が笑う。白い息が景気よく口から飛び出した。

「ふん。攻めの三左が、引き際は心得ている」

「言うてくださるな。前生では事情が違い申した」

「美羽。これは蘭たちの父親だ。顔見りゃ判るだろうが。元祖・派手迷惑」

 竜軌が美羽に顔を向ける。

「今生名は佐野可人(さのよしひと)と申しまする。どうぞ、三左とお呼びくだされ」

 美羽はともかくも頭を下げた。その弾みで菊の柔らかな花弁が顔に押し付けられる。芳香が鼻を直撃した。

「こいつらは非常識なファミリーでな。前生の一家族構成そのまま、現代に転生しやがった。側室と側室腹の子供を除いてだが。…訊きたかないがたえどのは息災か」

 訊きたくないなら訊かなければ良いのに、と美羽は竜軌の苦い表情を見て思う。避けられない大人の礼儀だろうか。

 因みに、たえ、と言うのは佐野可人の前生、森可成(もりよしなり)の正室であり蘭たちの母である。

「すこぶる、息災にて。毎日、念仏を唱えておりまする」

「うん、訊くんじゃなかったやっぱり。うちへのお中元とお歳暮に毎度、『歎異抄(たんにしょう)』をセットで梱包して来るのはやめるよう伝えてくれ。俺への嫌がらせだろう」

 『歎異抄』は浄土真宗の祖・親鸞の教えを、その弟子である唯円が世に誤りなく理解されようと記した書である。

 一向宗と激しく対立した織田信長の生まれ変わりにそれを送るのは嫌みでしかない。

 三左はしみじみ、同意するように頷きながら言った。

「あれの手書きにござりまする。朝露を集めた水で硯を摺りましてなあ」

「真心を込めた呪詛か。性質が悪い………。俺は悪行を悔い改めてるからもうやめてって言って」

 心底げっそりした目付きで懇願する竜軌に、三左が真顔で応じる。

「それがし、嘘は苦手でござる」

「お前らほんとに性質が悪いぞ」

「は、承って候!」

「今のは言わなくて良い!!」


 会話の意味は定かに理解出来ないが、蘭たちのお父さんだなあ、と美羽は思った。





挿絵(By みてみん)






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