淡紫の花弁
淡紫の花弁
玄関の靴箱の上。
白い鉢に泳ぐ黄のグロリオサと淡紫の枸杞の花の余命を荒太は預かった。
様子を見てなるべく長く保たせてあげて、と旅立つ前の真白に頼まれたのだ。
その時の真白の顔を思い出しながら、荒太は彼女の頬に触れるように淡紫の花弁に触れた。
(俺、そういうの苦手なんだよ。真白さん)
気を付けて水を換え、茎や枝を切って調整しても。
真白がやるほどに永らえさせてやることが出来ない。
(削いだり奪ったり。…息の根を、止めるほうが得意だ)
根を慈しみ育てるのではなく絶やしてしまう。
忍びはその術を磨くのが生業なのだ。
陰陽師、商人、料理研究家、学生と多面を持ってみても、己の根幹を成す性分を荒太は知っていた。淡々とした認識に悲しさは感じなかったが、真白との隔たりを見るのは嫌な気分だった。剣護ならば真白との間にその隔たりが無いと思うのも。
前生を格式ある神官家に生きた剣護だ。無頼に等しかった自分とは違う。
生まれ育った環境だけでなく、魂の中核が剣護は荒太よりも真白に近い。
(…兄妹で、従兄妹だしな)
大らかさも慈しむ優しさも通じる男女――――――――。
その先の思考を、荒太は凍らせた。
凍らさなければ、枸杞の花を握り潰しそうだった。それでは真白が嘆いてしまう。
剣護がいつ真白たちと合流するのか、荒太はあえて詳細を知ろうとしなかった。知れば二人が逢う時間、過ごすであろう時間、そして夜を分刻みで数え、気を悩ますことになるだろうと考えたからだ。
しかし知らなければ知らないで、じりじりと果てのない火刑に処せられているようだ。
「いざとなれば結界を使われませ」
だみ声に目線を下げると、傷の癒えた山尾が二本足で立ち、金色の双眸で荒太を見上げていた。心得顔で、尻尾を軟らかなメトロノームのように揺らしている。
「…真白さんが喜ぶかどうか」
「はて、荒太様には真白様より拒絶を受けられたことがおありですかな」
「いや、一度もない」
荒太は誇りと自信を滲ませてはっきり告げた。
「結構」
チェシャ猫のように笑った山尾の顔を見て、荒太は吐息と笑みを洩らした。
この年長者は荒太のずるい計算を見透かした上で、望む遣り取りに応じてくれたのだ。




