あんたより先には
あんたより先には
伸びて来た腕を、赤花火はラメ入り真紅のペディキュアが燃える足先で軽く跳ね上げていなした。
「――――赤花火?」
「気に入らないねえ」
青山草吉、青鬼灯の住まう部屋のベッドの上、赤花火が肉感的な足を見せつけるように組んで唇の両端を釣り上げると赤い三日月が出来た。服を脱がせようと伸ばす手を彼女に遮られたのは初めてだ。
いつもなら「お許しを受けて」、「与えて」もらえるのに。
「あたしはプライドの高い女だ」
「知っている」
「なら誰かの身代わりにするのはよしな。とんだ了見違いだ。殺すよ」
最後の一言には本物の殺意があった。華やかに爆ぜる火のような。
「…誰の身代わりと言うんだ」
「知ったこっちゃないさ、青。あんたの問題だ。てめえでけりつけな。白けたから帰る。冷蔵庫ん中のビール、貰ってくよ」
ベッドから立ち上がり、すたすたと部屋を横切る赤花火を止める言葉を、青鬼灯は持たない。
トランクケースのようにこぢんまりした冷蔵庫の扉を開けた赤花火が、ぴゅー、と口笛を鳴らす。
「何だい。たっぱに合わせてキリンばっか飲んでるかと思ったら、プレミアム・モルツなんて張り込んでるじゃないか」
「それは取って置きの、」
「貰うよ。このあたしに無駄足踏ませたんだ。文句あるなら刃で物言いな」
「どうしてそうなる、仲間内で。お前は喧嘩っ早過ぎる」
缶ビールを手にした赤花火の目が閃いた。
「違うね。あんたが腑抜けのぬらりひょんなんだ。京都はおっかない土地だ。卒塔婆になんないようにしなよ」
「お互い様だろう」
「あたしはあんたより先には死なない」
バタン、と玄関のドアが台詞の後半に被さるように音を立てた。
寒々とした一陣の風が青鬼灯を攫うように吹き込んで、部屋のいずこかで鳴りを潜めた。
赤花火には野暮ったいと笑われた小さな炬燵の横に青鬼灯は突っ立っていた。




